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バニラの香りのワインは好きですか?

2010年3月29日

  • 筆者・亜樹 直

イラスト(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第22巻(週刊モーニング連載中)

 例えばナパ・ヴァレーのワインを飲むと、甘いバニラのような香りや、焦げたようなロースト香が、ツンと鼻孔をくすぐる。これは葡萄由来の香りではなく、ワインの熟成に使われる「バリック」(小型のオーク樽)由来の風味である。ロースト香は、樽の内側を軽く焦がすことによって生じた香りだ。

 アメリカやオーストラリアなどの新世界ワインには、白、赤問わず、樽の香りがしっかりと乗っている。イタリアやフランスのボルドーでも、一時期、樽を効かせたワインが流行のようになっていた。

 樽がこのように世界中に普及したのは、有名ワインコンサルタントのミシェル・ローラン氏が、ワイン造りに樽を活用した影響が大きい。ローラン氏はワインの熟成だけでなく、その前段階の発酵においても樽を使う。ローラン氏の手がけたワインは、凝縮した果実味とバニラやトーストの香りが特徴的で、これは評論家のロバート・パーカー.jr氏の好みでもあるようだ。ローラン氏の樽を効かせたワインにパーカー氏が高得点を与えると、高得点をもらってワインを売りたいワイナリーが樽香バリバリのワインをせっせと造り、それがまた売れて、樽の香りは燎原の火のように広まっていった。

 しかし、バリックの流行は2つの問題を生み出した。ひとつは、コストの問題。バリックは新樽から3年くらいまでは木の成分が効率的に抽出できるが、それ以降は効果が薄らぐ。だから、ワイナリーは樽を数年ごとに新規購入しなければならない。お金のないワイナリーにとって1個5〜10万円もする樽を数年で交換するのは辛い。そこで考案されたのが、オークチップと呼ばれる樽の切りくずを袋詰めしてステンレスタンクに投入し、樽香をつける方法である。もともとは新世界のデイリーワインに使われていたというこのチップ方式、消費者の信頼を損ねるという批判もあり、フランスでは国が品質を保証している「AOCワイン」には、使用を認めていない。しかし樽を使わないことでコストダウンを可能にし、ひいてはワインの売価を下げられるメリットは大きく、世界でチップ方式は活用されているという。

 さてバリックのもうひとつの問題は、ワインの本質とはなんぞや、という話だ。樽の香りが強すぎると、本来ある果実の香りを凌駕してしまう場合がある。ワインに個性を与えるつもりが、ワインの個性を殺してしまう場合もあるのだ。

 先日、シュヴァル・カンカールという大手ネゴシアンの造る「オタンタ・ボルドー・ルージュ」というワインを飲んだ。有機栽培のメルローとカベルネ・ソーヴィニヨンで造られたこのワインは、樽を使わずに熟成している。心地よいバニラの香りはないが、葡萄の個性が素直に表現されており、千円台にしては楽しめる。欠点もあるけれど、まったく飲み飽きないワインだった。

 ワインを飲む時、私たちは無意識に、その1本の奥に潜む個性を探そうとしている。最初の1杯と次の1杯の味わいが変われば、本当の姿を知りたくなって、また1杯、グラスを重ねる……。だからワインは本来、飲み飽きないものだし、瓶で熟成させて、10年後の姿を見たくなったりもする。

 これに対して樽香が効きすぎたワインは、結論を知ってるミステリーみたいに、探究心がわいてこない。なぜなら樽の個性は、魅力的で明確ではあるが、どれも似通っており、果実から生まれる個性とは別で、いい年も悪い年も良い畑も悪い畑も関係ないからだ。そういうワインは、変化がないので飽きる。

 樽の香りもほんのりなら悪くはないが、樽という魔法のコスメに、寄り掛かって欲しくない。ワインも人間同様、「素顔」を磨くことが一番大事なのだから。

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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