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おやじの昼めし 京橋玉次郎のお品書き

志賀直哉が命名の鮨屋 日本橋「蛇の市本店」

2012年5月8日

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 小説の達人・志賀直哉に「小僧の神様」という短編の傑作がある。小僧と富裕紳士が屋台の鮨屋で遭遇することから始まる物語だが、この店はその志賀直哉が命名したのだという。

年配の職人2人

 日本橋三越デパートの近く、飲食店にぎやかに立ち並ぶ一角に店はある。素朴で大ぶりな暖簾をくぐり、カウンターに座る。鮨屋の調理場は「つけば」と呼ぶらしいが、そこにはかなり年配の穏やかそうな表情の職人が二人。あとからわかったのだが、その一人が蛇の市4代目の寳井(たからい)孝二さん(74)だった。

 鳥と書かれた1300円のランチを頼む。握りとちらしが選べたが握りを頼む。サラダとお椀が出てきた。ついでつけ台にマグロ、白身、イカ、エビなどがこちらの食べ具合に合わせて置かれてゆく。好物のコハダが入っていたのがうれしい。

砂糖を使わない伝統の味

 「味は昔通りに握っているんですよ」という通り、シャリに砂糖は使っていない。酢と塩だけで味を調え、あとは煮切りで調節するという。昨今やや甘めの鮨がないわけではないが、それとは一線を画した素朴な伝統の味だ。コメの粒も程よい硬さできりっと粒立っており、年季の入った握り加減と合わせてよい具合に仕上がっている。

 鮨屋というのは、時に客のほうを緊張させる店の雰囲気であったり、職人の雰囲気であったりするところがある。しかしここは親方たちの優しそうな人柄がにじみ出ているようで、こちらも肩に力を入れずに食せるのがいい。

小僧の神様

 前述の志賀直哉の「小僧の神様」。丁稚奉公の小僧の小銭では手の届かなかった鮨を、面識もないある紳士にごちそうしてもらう。心を見透かしたかのような紳士が小僧には神様としか思えなかった。しかし小説の神髄はそのあとで、施された者と施した者との心模様を鋭く描いている。

 よく知られるところだが、江戸前の握りずしは天ぷらや蕎麦と同様、屋台のファストフードとして始まった。この店も「蛇の目の市太郎」と呼ばれた初代が日本橋北詰めで屋台の鮨屋をやっていた。店の壁にその頃(明治40年)の店が写っている写真が飾ってあった。志賀直哉もよく寄っていたらしい。

 一方、「小僧の神様」に出てくる屋台の鮨屋は神田と京橋の間と設定されている。日本橋はまさにそれにあたる。となると、モデルとしてこの店が志賀直哉の念頭にあったのではないか、と推測してもまるで見当外れとは思えないのだが、どうだろう。

親方は寳井其角の10世

 しかし魚河岸の鮨屋も関東大震災でちりぢりになった。その後、橋に近いこの地に店を構えた。何の偶然か武者小路実篤の娘さんが向かいに喫茶店を開いた。白樺派仲間の志賀直哉がそこを訪ねた折、向かいの鮨屋に入り、「おお、蛇の目の市ちゃんではないか。どうしていたかと思っていたよ」ということになり、「蛇の市」と名付けるとともに、以来よく訪れたという。

 ところで親方の姓は寳井と難しい字だ。あえて使っているわけを聞いたところ、親方の孝二さんは、蕉門十哲の第一の門弟で実力と才気とを備え遊び人で放埓(ほうらつ)だったことで知られる寳井其角の10世にあたるのだという。其角は芭蕉の没後 江戸俳諧の一番の勢力者となったが、その拠点も日本橋にあったと伝わる。その子孫がどういういきさつで鮨を握ることになったものか。

【お店データ】

店名 蛇の市本店

中央区日本橋室町1−6−7 〈地図〉

03−3241−3566

営業:〔平日〕午前11時〜午後2時、午後5時〜午後9時ごろ

土日祝休み

ランチは1000円から3000円まで。

<本日食したランチ>

にぎり 鳥 1300円

プロフィール

京橋 玉次郎(きょうばし・たまじろう)

 心身のリフレッシュに週2、3回スポーツジム通い。京橋・銀座・日本橋・八重洲・八丁堀界隈の雑食的な昼めし散策のほか、天気のよい日に肩の力を抜いてサイクリングに出かけるのも楽しみ。時には温泉泊まりの輪行で古い街道を走ったり峠を越えたりも。元大手マスコミに勤務、不規則で不健康な記者生活36年だった。好奇心強く少し天邪鬼。身長175センチ、A型。

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