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コラム「論より、おやつ。」

名捕手オーブン

2007年04月16日

 いいオーブンが欲しい。菓子作りのかなめ、野球でいえば捕手だ。ヘッポコな私をリードしてほしい。菓子職人の友人・マリちゃんは「バッケンがお勧め!焼き上がりは最高」と言う。プロ用だが家庭向けもあるらしい。

写真菓子作り好きがあこがれるオーブン「プティ・バッケン」

 販売元・七洋製作所に電話した。プティ・バッケンといって、50万円するという。ひー。のけぞる。一度に焼けるシュークリームは10個ほど。家庭用サイズなのに、値段は10倍以上とは。買えっこないが、見るだけでも。無料体験会に申し込んだ。友人の自称・北摂マダム、イズヤンも誘う。

 大阪・西梅田のテストキッチンで、真っ赤なプティ・バッケンと初対面した。「でかっ」「どこがプティやねん!」。犬小屋ぐらいある。「でも、オーブンでしかない」「もう一芸ほしい。食器洗い機としても使えるとか」「掃除機でもええよ私」。シェフのシュー作りを見ながらコッソリ言う。

 普通のオーブンとプティ・バッケンとで焼き比べる。バッケンは上火180度、下火200度で焼き始める。強い下火がシューを突き上げる。仕上げに車のギアみたいなレバーを動かす。蒸気が抜けて皮がサクッとするらしい。

 シューは20分後、扉から出てきた。15人が囲む。「いやーすごい」「同じ生地とは思えない」「こんなに違うんや」。比べるのは酷だ。バッケンのシューは大きさ2倍で肌もツヤツヤしている。割れ目がパカッと入り、笑っているみたい。

 クリームを詰めたシューを、ほおばった。おいしい。秘密は何か。菓子作りにはコンベクション型が向く。プティ・バッケンもその一つだ。普通のオーブンと違い、上下の熱が対流して焼きムラを減らす。さらにサクサク感やふくらみを出す密閉性が高いという。重さ100キロで、金庫みたいな扉がついている。圧力や空気の流れを3段階に変えられるのも特徴だ。細心かつ大胆な名捕手、相棒だったら頼もしいだろうな。

 声も姿も美しい営業・ナカムラさんに、開発のきっかけを聞いた。洋菓子教室で業務用バッケンを見た主婦らが「シェフと同じように焼きたい」と望んだそうだ。客はカフェやお菓子教室が多いが、趣味に買う人もいるらしい。昨年10月の発売から半年で20台が売れたという。

 京都の町家を工房にする予定だ。置き場はあるが、おカネがない。本体50万円に消費税、配送代を入れたら60万円だ。ハァ。

 パパでも探すか。小学4年からずっと、父と名のつく人とは縁がない。祇園で皿洗いしようか。アルバイト情報誌を手に取る。茶碗を5万個洗っても足りそうにない時給だった。イズヤンは「買ったら使わせてね〜」と、けしかける。赤いカタログは穴が開くほど読んだ。ふらふら買いそうで怖い。だれか止めて……。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。個人blogはおやつ新報社
朝日カルチャーセンター神戸大阪京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。

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