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コラム「論より、おやつ。」

乙女の愛したクッキー

2007年07月09日

 パリ祭(フランス革命記念日)の14日を、アトリエ「おやつ新報」完成の日と決めた。パーティーの案内状を出したら、新潟のヤマウチさんからメールが届いた。「タキシードでないとダメですか」。ま、まさか。下町の長屋、チョンマゲのほうが似合いそうだ。

写真焼く前の渦巻きクッキー。右はいつもの「黙らせサブレ」
写真焼き上がった渦巻きクッキーと白黒サブレ。いずれもカバーガールに選ばれず

 式でもあるように思われているようだ。遅ればせながら上棟式っぽく「餅投げ」ならぬ「サブレ投げ」「マドレーヌ投げ」でもしようか。定番のサブレを仕込んでおこう。ヴァニラ味とココア味。棒状にして切るだけでは「またか」と思われそう。二つの味を巻き寿司みたいにクルクル巻く。10代のころ作っていた渦巻きクッキーだ。拙著「パリ砂糖漬けの日々」の表紙用にも焼いた。装丁のノナカさんも、白黒の渦巻きを見るなり「なつかしいですね」と言っていたっけ。彼女は漫画のような本を見ながら、渦巻きや市松模様を焼いていたそうだ。

 神戸・北野坂にある老舗珈琲(コーヒー)店に女性8人と行って話題にする。全員が「なつかしい!」「そうそうアイスボックスクッキー、よく作ったわ」と声をあげた。「何かの本で見たのかな」「市松やマーブル模様にしたり」。大阪・堂島の紅茶専門店でも聞いた。30〜60代の女性8人中、5人が「作ったことがある」と手を挙げてくれた。サナエさんは「NHKの『きょうの料理』でやっていたのでは」、64歳のウタコさんは「泉屋のクッキーの影響かな」と推察する。

 特に30代女性が少女時代に胸をときめかせたお菓子のようだ。31歳のナオさんは「型抜きクッキーが菓子作りのはじめの一歩で、その次に作った」。同い年のナオコさんもうなずく。「スプーンでタネを落として焼くアメリカンタイプのクッキーが、いまほど普通でなかったからかな」。おまけにアイスボックス式なら道具なしで、たくさん種類が楽しめたからだろうか。

 小中学校時代の私が粉でベタベタにして使っていたのは、雄鶏社の「ぶきっちょさんのクッキーパーティー」という本だった。渦巻きや市松はもちろん、金太郎アメのように切って顔を作るクッキーにも挑戦した。牛乳でココアとヴァニラ生地を張り合わせて、刻んだ真っ赤なドレンチェリーを口に見立てて挟む。どんな顔になるだろう。包丁でストンと切るのはドキドキした。サクランボの切り方が大ざっぱで、への字やお化けみたいな口元になったのが多かった。苦労したわりに味も母と姉へのウケもいまひとつだった。

 あの本もいつのまにか、実家の本棚から消えてしまった。雄鶏社に問い合わせた。「ぶきっちょさん」の初版は1981年で、いまは絶版という。

 久しぶりに焼いた渦巻きをつまんだ。単色のサブレに比べてサクサク感が足らない。伸ばしたりして生地を必要以上にこねてしまうせいだろう。やっぱりシンプルで簡単なのが一番だ。乙女を卒業してずいぶんたつと、見栄えより実用本位になってしまうのね。いいんだか悪いんだか。現役の乙女のみなさま、「命短し渦巻け乙女」です。でもイマドキのお菓子の世界では、あまり流行らないみたいだ。拙著の表紙にも渦巻きは採用されずボツになってしまった。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報別ウインドウで開きます」。
朝日カルチャーセンター神戸別ウインドウで開きます大阪別ウインドウで開きます京都別ウインドウで開きますで食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」別ウインドウで開きますが文藝春秋より発売されました。
 「パリ砂糖漬けの日々」写真展を、大阪、北九州、岡山で開きます。20〜50点の写真が織りなす、パリ20カ月の風景です。
 ・北九州 9月1日(土)〜10日(月)の10:00〜18:00、小倉北区室町のリバーウオーク北九州内、朝日新聞西部本社4階・朝日さんさん広場
 ・岡山 10月10日(水)〜11月2日(金)の11:00〜22:00、岡山市内山下のルネスホール内、公文庫カフェ

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