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コラム「論より、おやつ。」

トモコさんに捧げるオレンジ鯛焼き

2007年07月16日

 台風4号が近づく京都・旧二条通で、アトリエ「おやつ新報」の完成パーティーを開いた。東京・福岡から徒歩5歩のお隣さんまで、美女・才女ら42人が私の長屋にあふれた。うわー、うれしい。ビズしちゃおう。初対面の人とも両頬を寄せ、フランス式にあいさつする。ささやかだけれど手作りの味で、もてなしたい。エプロンのまま通り庭にある台所へ引っ込む。「タダさん、決意表明とかしないと!」とヤマウチさんから声がかかる。乾杯の前に言ったつもりなのに。「全然ダメ、もっと、こう、年金問題解決しますとか」。選挙事務所開きじゃないってば。

写真オレンジピールをくわえたタイヤキ君。パーティー前に焼く練習をしたものです
写真幅2.4メートルの黒板に書いた参加者の名前と献立

 それどころじゃない。こしらえた料理を急いで出す。テリーヌは豚肉やエビをつぶして片っ端からケーキ型に詰め、オーブンで焼いた。フランスでの定番・田舎風テリーヌに加え、卵20個を使ったオムレツ風など6種類を仕込んだ。イカ10杯とヒヨコ豆は仏ストウブ社の鉄鍋に入れ、オリーブ油で煮た。プチトマト90個は湯むきして京酢で漬けてピクルスに。南仏の民宿で習ったオリーブのペースト・タプナードも仕込んだ。数十人分もの料理を1人で作るのは初めてだ。足りるだろうか。

 おやつは和風にしようと決めていた。アフガニスタンで働くトモコさんから「参加します」とメールをもらったからだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の保護官として、北部の要衝マザリシャリフで難民の帰還を支援している。アスパラクラブに書いていたころから私のコラムを読んでいて、2週間の一時帰国中に駆けつけてくれるという。

 異国暮らし、しかも復興途上のアフガンだ。食べたいものって何だろう。やっぱりアンコかな。海がない国だから、鯛焼きなんてなつかしいかもしれない。ホーロー鍋ル・クルーゼで小豆を炊く。私なりの味にしようと黒糖入りアンコにして、オレンジ皮の砂糖漬けを刻んで混ぜた。アトリエ完成祝いにもらった電気式ワッフルメーカーに、鯛焼き用プレートがあった。使ってみよう。黒板の献立表に「トモコさんに捧げるオレンジ鯛焼き」とチョークで書いた。

 薄いピスタチオ色のショールを長く巻いたトモコさんは、パートナーのベネディクトさんと現れた。お土産にアフガン産クワの実をいただいた。「現地ではお茶請けとして食べるけれど、チーズケーキに入れても」と教わった。ツブツブした一粒をつまむ。ドライフルーツ特有のねちっこさがない。干しブドウよりあっさりしていて、確かにチーズと相性がよさそうだ。

 お礼も兼ねて鯛焼きを焼く。事前に練習したとおり、生地は大さじ1杯、アンコは小さじ1杯を型に流す。焦ったせいかシッポまでアンコが詰まっていないうえ、ちょっと不格好になった。西洋の人は甘い豆が苦手な人が多い。大丈夫だろうか。ドキドキしながら、2人に手のひら大の焼きたて2匹を差し出した。

 スイス系英国人の彼は「甘い豆も平気。オレンジ皮がアンコによくあいますね」。トモコさんも「おいしい」と、私の押し売りをほおばってくれた。

 祇園祭でにぎわう街へ向かう2人を見送った。だれもいなくなった午前2時、土間でホウキを片手にクワの実を口に入れる。やさしい香りをかみしめて、トモコさんのことを思う。私より一つ年上の彼女はあと1年半、かの地へ滞在すると言っていた。小さなタイヤキ君のこと、アフガンで思い出してくれたらいいな。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報別ウインドウで開きます」。
朝日カルチャーセンター神戸別ウインドウで開きます大阪別ウインドウで開きます京都別ウインドウで開きますで食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」別ウインドウで開きますが文藝春秋より発売されました。
 「パリ砂糖漬けの日々」写真展を、大阪、北九州、岡山で開きます。20〜50点の写真が織りなす、パリ20カ月の風景です。
 ・北九州 9月1日(土)〜10日(月)の10:00〜18:00、小倉北区室町のリバーウオーク北九州内、朝日新聞西部本社4階・朝日さんさん広場
 ・岡山 10月10日(水)〜11月2日(金)の11:00〜22:00、岡山市内山下のルネスホール内、公文庫カフェ

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