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コラム「論より、おやつ。」

シチリア風パスタ

2007年08月20日

 38度を超す京都の夏、フランス式あいさつをたくさんした。うれしさやいとおしさを表すのに、おじぎや握手だけでは足らない。ほおをチュッチュと交互に寄せて、ビズをする。日本の異性には控えた。我が理性が止めろという。女性には遠慮なしだ。

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乾杯の音頭を決めて得意顔のショーヤン=石崎勝義さん撮影

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拙著「パリ砂糖漬けの日々」にも登場する「大将のパスタ」=2006年8月、フィンランド・ヘルシンキで

 「初めまして」の読者が標的になった。出版祝いに京都まで来てくれたのだ。福島のサチコさんは片道10時間、夜行バスに乗ってきた。日帰りの強行軍で、手作りの梅酒を携えて。東京のアケミさんは「私とおそろいの汁椀です」と、木の汁椀一つを贈ってくれた。黒のドレスが似合う東京のヨーコさんは長話の犠牲になった。帰ろうとしているのを追いすがり、午前3時までつき合わせてしまった。

 出版パーティーは「出版記念実行委員会」主催にした。大げさな名のダミー組織だ。委員最年少5歳のショーヤンに、乾杯の音頭を頼んだ。直前に練習する。「か、かんぱい……」。恥ずかしそうで、消え入りそうで。大丈夫かな。エプロンをつけたまま私があいさつし終えた。次は小さな発声者の出番だ。ネクタイをしめ、髪をツンツンに立てたショーヤンを抱き上げた。ロゼの発泡酒入りカップを手にした63人の視線が集まる。さぁ、がんばって。

 「チカゴおめでとー、カンパーイ!」

 どこでもおとなしい彼が、ビックリするほど大きな声で言った。ドッと拍手がわく。うれしくてビズをする。ショーヤンは得意げにオレンジジュースを飲み干した。

 彼の母エミゴによると、お風呂の中で練習したそうだ。本当は「チカゴ、出版おめでとう」と言いたかったそうだが、「シュッパン」が難しい。「ボクやっぱりやめとく」となった。「でも、かっこよかった〜ショーヤン。100点満点だった」。庭造りの友マリさんをはじめ、女性陣にモテモテだった。

 通り庭にある台所に引っ込んで、とっておきの料理をこしらえる。トマト味のシチリア風パスタだった。フィンランド旅行中に出会ったイタリア人・ルカに教わった一品だ。ヘルシンキの安宿の台所にあった中華鍋一つで、彼が作ってくれた。あれからちょうど1年。京都の長屋で、パスタの袋の表示2分前にタイマーをセットする。ゆで加減にこだわる彼の「パスタ方程式」どおりだ。

 チカゴおめでとー、カンパーイ、か。ショーヤンのまっすぐな声をまねしてみた。かっこよかったなぁ。ヒゲ面のルカとのビズは、痛かったなぁ。鍋に菜箸を泳がせつつ思う。ピピピー。タイマーが鳴って我に返る。大急ぎでパスタを引き出して、ケッパーとアンチョビ入りのトマトソースとあえた。彼の味にはかないそうもないが、おいしいと好評だった。

 パーティーは明け方まで続いた。冷蔵庫には、チーズ2片が残っていた。しまった。ルカに「ペコリーノ・チーズは必ず入れて」と言われたから、せっかく奮発してローマ産のを準備していたのに。やっぱり忘れちゃったよ、ルカ。

 

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報別ウインドウで開きます」。
朝日カルチャーセンター神戸別ウインドウで開きます大阪別ウインドウで開きます京都別ウインドウで開きますで食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」別ウインドウで開きますが文藝春秋より発売されました。
 「パリ砂糖漬けの日々」写真展を、北九州、岡山で開きます。20〜50点の写真が織りなす、パリ20カ月の風景です。
 ・北九州 9月1日(土)〜10日(月)の10:00〜18:00、小倉北区室町のリバーウオーク北九州内、朝日新聞西部本社4階・朝日さんさん広場
 ・岡山 10月10日(水)〜11月2日(金)の11:00〜22:00、岡山市内山下のルネスホール内、公文庫カフェ

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