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梨シフォンケーキ2007年09月24日 京都・旧二条通の長屋アトリエで、焼き菓子づくりの会を始めた。初回は抹茶マドレーヌと黒ゴマサブレ、アーモンド菓子のフィナンスィエにした。電動ドリル片手に自作した作業台は4人を迎えるのがやっと。80歳のレイコさんは生まれて初めてお菓子を焼いた。ゆっくり粉とバターを切り混ぜて、大粒グラニュー糖をまぶす。天板から1枚、できたてをかじる。「クッキーが熱いって知らなかった」。東京から来てくれたヨーコさんは、帰りの新幹線でさっそくほおばったそうだ。コレステロールが高いムツコさんはお菓子の山を夫に「毒や」と笑われつつ、月1回通ってくれるという。
とりわけマドレーヌが好評だった。抹茶と粉、砂糖と溶かしバターを混ぜるだけ。「簡単なのにしっとりしている」。アキコさんは「うならせマドレーヌ」と呼んだ。 そう、マドレーヌって意外と手ごわい。私も長い間うまく焼けなかった。会社勤め晩年期によく作った。夜勤から戻った明け方、ボウルを出してシャカシャカやる。冷蔵庫に生地を入れて、自分も休む。起きたら焼く。ダラーと型からタネがあふれてガッカリした。キュッとふくらんでほしいのに。 陰山英男・立命館小副校長が「本の話」10月号(文藝春秋)で、拙著「パリ砂糖漬けの日々」書評を寄稿くださっている。会社を辞めようか悩みながら、夜な夜なマドレーヌを仕込む作中の「私」に、陰山先生はこう突っ込む。「なんでこんな難しいケーキに挑戦するんだ。シフォンケーキくらいにしておきなさい。それならさっさとできてすぐ寝られて、こんな大変な決意をしなくてすむ」 鋭い。担任時代は年20回の調理実習をこなし、ケーキも試作していたという氏だけある。当時はシフォンケーキよりマドレーヌのほうが楽勝と思い込み、カチカチ山ばかりこしらえていた。パリまで習いに行き、なんとか失敗しなくなった。シフォンは「ぼろ布」の意のフランス語なのに、当のケーキはかの地になくて遠ざかった。 久々に焼いたのは陰山先生の書評で思い出したのと、20世紀梨をもらったからだ。実家が鳥取・佐治町でナシ農園を営むクミコちゃんからで、「梨でお菓子を作りたい」と相談されていた。水分が多くて淡白だから難しい。シフォンケーキだったら何とかなるだろうか。風味を消しそうなので卵黄も抜き。ナシをすりおろし、粉と砂糖とふわふわ卵白だけで作った。ふくらみはまずまず。問題は、味。 3軒先の建築事務所に勤めるクミコちゃんを呼び出した。「やっぱり味…しないですねぇ」。一口目はもっちりしているのに、のどごしはサクサクしている。間違いなくナシはいるのに、味はかくれんぼしてしまった。とりあえずナシの白ワイン煮をのせて、存在を強調してみる。これじゃ邪道か。 もう一工夫しなくては。会社ジャンプを考えたころ、マドレーヌではなくシフォンケーキを作っていたら……。やっぱり悩める夜だったろうな。 プロフィール
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