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コラム「論より、おやつ。」

切り絵弟子入りとワッフル

2007年10月01日

 20歳の切り絵作家・鎌田沙織ちゃんに弟子入りした。切り絵はタンブラーやランチョンマットにしてお茶の時間を彩りたい。埼玉や大阪から私のアトリエに8人が集まった。カッターナイフを片手にちゃぶ台を囲む。「カッターなんて、段ボールを開けるときしか使わない」とユキヨさん。全員がうなずく。ミリ単位の手仕事、できるだろうか。「切れてもラミネートするので大丈夫」。小学時代から切り絵に取り組むサオリ画伯は落ち着いている。

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完成した切り絵タンブラー。白黒の下絵もラミネートしてランチョンマットに

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黙々とカッターを動かす6人のサオリ門下生たち

 まず白黒の下絵をはがせるスプレーのりで色画用紙に貼る。カッターナイフで白い部分を慎重にくり抜くと絵が浮かぶ。師匠は下絵6枚をちゃぶ台に広げた。「わぁ素敵」。埼玉のエミコさんが声をあげた。ヘルシンキの市場で食べたエンドウマメに、パリの部屋から毎日眺めたエッフェル塔、町家の格子に浮かぶコーヒーカップ…。私の写真や思い出が、粋なモチーフになっている。柄と色を悩んで選ぶ。ユキヨさんは赤いエッフェルに。エミコさん、ナオコさん、ヤヨイさんはマメ柄にした。

 「真ん中から外に向かって切ること」「カッターではなく紙を動かすこと」。画伯からコツを教わり、6人がカッターを動かし始めた。あれ、ヤヨイさんだけ持ち方が違う。親指と人差し指で柄をつまんでいる。「あぁ職業柄…」と、医師のヤヨイさんは「メス握り」を持ち直した。赤いカーディガンが似合うエミコさんは、左手をすっと刃先に添えた。デザイン系の人だけあって速い。ナオコさんは「カーブが難しい」。

 茶の間で黙々と紙に向かう7人の女・切り絵師を横目に、私は土間でワッフルをこしらえる。粒々のアラレ糖がひそんだイースト生地を、ぷっくり丸める。切り絵ができたらアツアツを食べてもらおう。

 1番乗りはエミコさん。紺色のサヤが現れた。思わず「抜けましたー!」。拍手がおこる。やぶらないよう下絵をそっとはがす。「むけましたー!」。つい声が出る。1人が仕上がるたびに合言葉と拍手が飛ぶ。1時間半ほどで全員が完成した。

 コーヒーだと色が濃すぎて切り絵が目立たない。ほんのりベージュ色・ほうじ茶チャイを用意した。タンブラーに注ぎ、焼きたてワッフルをふるまう。「手術も切り絵も、できあがるとうれしい」とヤヨイさん。ワッフルはイタリア産ハチミツやレモンの砂糖で煮たんを添えて、手づかみでどうぞ。「食べないと帰しません」と2個ずつ押し売りする。7人とも残さず食べてくれた。

 6人を見送ってから、私もサオリちゃんに入門した。オレンジ色の紙にマメ柄にする。下絵に「Chicako」と筆記体で書き足す。ぶきっちょなのに大丈夫か。切り始めて気づく。やっぱり名前が難所だ。切れませんように。ゆっくり刃を進める。アルファべットの下半分はまだカーブも少ない。ホッとしていたら師匠の声が飛ぶ。「往路はOK、問題は復路ですよ!」。

 駅伝みたい。よし。「O」の上にカッターを回す。めざすゴールは「C」。サオリ監督の言うように「k」や「h」は天下の剣、びくびく動く刃先が息切れしそう。それでも何とか紙は途切れなかった。ふぅ。よく見ると紙がささくれ立ったり、オーバーランしたり。気にしない。手作りのよさだ。

 さあ片付けよう。茶碗をのせたお盆を手に、畳から土間へ降りる。あっ。飲み残しのお茶が宙を飛ぶ。サオリちゃんが叫ぶ。「た、タダさん、大丈夫ですかっ」。踏み台からドサッと落ちた三十女は、冷静な20歳に抱き起こされた。すりむいた二の腕をさする。カッターでは無傷だったのに。イテテ。ショックで動けない。サオリちゃーん、お願い、もう少しいて。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報別ウインドウで開きます」。
朝日カルチャーセンター神戸別ウインドウで開きます大阪別ウインドウで開きますで食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」別ウインドウで開きますが文藝春秋より発売されました。
 「パリ砂糖漬けの日々」写真展を、岡山で開きます。20〜50点の写真が織りなす、パリ20カ月の風景です。
 ・岡山 10月10日(水)〜11月2日(金)の11:00〜22:00、岡山市内山下のルネスホール内、公文庫カフェ

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