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コラム「論より、おやつ。」

2人のミカのモンドール

2007年11月19日

 チーズ研究家ミカさんとは2度、バッタリ会った。彼女の住む福岡で、パリのプランタン百貨店近くの裏通りで。はー、びっくり。ひと目で銘柄や産地を言い当てる「チーズの占い師」と、不思議な縁があるのだろうか。

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モンドールを切る2人のミカさん

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寒い時期にしか食べられないモンドール=いずれも鎌田沙織さん撮影

 彼女は福岡・薬院にあるイタリア料理店の昼休みに、チーズ専門カフェ「サロン・ド・フロマージュ・ロアジ」を開いたばかりだ。相棒は28歳のミカちゃん。フランス東部のコンテを食べた3年前、チーズに目覚めたという。チーズショップの店長をしていたミカさんに弟子入りし、エッチな語呂合わせ(とても書けない)で名前と特長を覚え「チーズ・プロフェッショナル」の資格に合格した。

 2人のミカさんが嵯峨野観光のついでに、私のアトリエに寄ってくれるという。せっかくだから、いいチーズを選んでもらおう。何がいいか聞かれた。モンドールと答えた。パリで昨年と一昨年の今ごろ、毎日のように食べていた。モミの樹皮に包まれた白い塊にスプーンを立てて、トロトロしたのをすくう。1個500グラムで7ユーロ(1200円)ほどだった。一昨年は心がしおれてパリ症候群もどきで、昨年は語学学校・ソルボンヌ大学フランス文明講座で落ちこぼれていた。教室を出ると頭がツンツンしてお腹がすいた。モンドールをこすりつけてバゲット1本、まるまる食べていたっけ。

 思い出の味をミカさんに頼んでから思い出した。日本では「幻のチーズ」と呼ばれ、500グラム4500円に化けることを。現地の3倍以上する。ちょっと手が出ない。慌ててお詫びのメールを出す。返事は「チカコさんにとって懐かしいチーズをお持ちします」。ひょっとして例のブツだろうか。申し訳ないような、うれしいような。

 チーズの占い師が来ると触れ回り、アトリエには女子8人が集まった。はたしてミカさんは福岡から、モンドール1キロを抱えて現れた。30センチ角のチーズ皿にのせきれないほど、たっぷり。ラップをはがす。熟成の進んだ外側がとろーり流れ出す。うわぁ、コレコレ。カレースプーンにひとさじすくい、バゲットにたっぷり塗った。木の香りがする。菌よ、生きて働いてくれてありがとう。自然のうまみを感じる。おいしい。なのに切なくなった。パリの孤独な記憶まで、チーズにくっついてきたようだ。

 熊本出身のミカさんには計画がある。阿蘇山と九住山がいっぺんに見える場所で、温泉を掘ってオーベルジュ(田舎の泊まれるレストラン)を開く。羊や牛の乳を近所の酪農家から仕入れてチーズを作り、好みに熟成して客に出す。庭は温室にしてバラとハーブを育てるという。「温泉を掘るのに協力して」と、ちゃぶ台を囲んだ面々に呼びかけた。「よーし、1人2000万円ずつ出そう」「私はロト6当てる」…。私の手製ポトフ、和歌山みかんのクラフティを食べながら盛り上がった。

 皿にこびりついて黄色くなったチーズまで食べながら思った。拙著が100万部ぐらい売れたら、ボーリングでもカーリングでもするんだけど。でも町家の庭を畑にしようと今夏、1メートル近くスコップで掘れたしなあ。腕力ボーリングのほうがまだ、自信があるかも。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報別ウインドウで開きます」。
朝日カルチャーセンター大阪別ウインドウで開きます京都別ウインドウで開きますで食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」別ウインドウで開きますが文藝春秋より発売されました。

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