現在位置:asahi.com>>コラム>論より、おやつ。> 記事

 

コラム「論より、おやつ。」

エリさんとウェディングケーキ(上)

2007年11月26日

 「感激したのでお便りします。あの白鳥シューは当時9歳だった私にとっても衝撃でした」。エリさんからメールが届いたのは去年の今ごろだった。アスパラクラブで書いていた拙コラムへの感想だった。25年前のNHK「きょうの料理」テキストの白鳥型のシュークリームについて書いたのを読んでくれた。一つ年下の彼女も、羽を広げた夢のような菓子を覚えているという。同じように感じた人と、四半世紀を過ぎてめぐり合うなんて。うれしい。帰国直前のパリから返事を書いた。

写真

試作した人魚型とイルカ型のサブレ。京都―名古屋間を持ちこたえてくれるかな

 白鳥シューにときめいた当時の小学生2人は今夏、京都で初めて会った。長い髪のエリさんはサーファーらしく日焼けしてかっこよかった。遠距離恋愛中の彼が住む街の名物そうめんをくれた。秋に結婚すると言い、晴れの日のお菓子を一緒に作ってほしいと頼まれた。うわー、私でよければ。挙式日を聞く。メモしようと広げた手帳を閉じた。私の誕生日と同じだ。忘れるわけがない。

 ウェディングケーキと小さな引き菓子を私のアトリエで作ることにした。式がある名古屋まで運べることが条件だ。前日に作るのは忙しくて無理だろう。なにせ母校の礼拝堂での式は、花嫁自らヴァージンロードを敷くというし。パリで通った料理学校で唯一、ほめられた工芸菓子「クロカンブッシュ」はどうだろう。シューを100個ほど焼き、会場で円すい状に積んでアメで固める。パリの思い出が無理なら、なつかしい白鳥シューにしようか。いやいや私の式じゃない。新郎を登場させなければ。

 彼とはサーフィンが縁で知り合ったという。じゃあテーマは海に。お手軽に華やかになる飾り付けを考えよう。カップケーキがタワー状に乗せられる米ウィルトン社のスタンドをネットで見つけた。これなら運ぶのもたやすい。参加者は30人と聞いたから、38個用なら余裕だ。ケーキカットの後は、デザートビュッフェに早替わり。全部カップケーキにしなくても、お花や2人の写真を飾ってもいい。「手作り感いっぱいで素敵」。エリさんも賛成してくれた。「クマのぬいぐるみなんて飾っても」と、2人で乙女モード全開になる。

 構想と道具はそろった。安心していたら、ゲストが50人に増えていた。材料のバターが品薄でそろいそうもない。油で作れるシフォンケーキにしよう。じゃあ引き菓子はどうしよう。大学で社会学を教える忙しい花嫁の先回りをして考える。何を作るか決められないまま、ネット通販でバターは品切れになっていく。いっそ鰹節でも配ってもらうか。テーマの「海」には合うが、乙女はどこへ行った…。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)
おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報別ウインドウで開きます」。
朝日カルチャーセンター大阪別ウインドウで開きます京都別ウインドウで開きますで食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」別ウインドウで開きますが文藝春秋より発売されました。

このページのトップに戻る