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引っ越しレコード男と元祖ねぎ焼

2008年3月31日

  • 筆者 多田千香子

写真レコード・CD1万枚が並んだ棚写真4時間で片付いて棚は空っぽに=いずれも吹田市で写真とん平の卵、とろーり=大阪市淀川区の「ねぎ焼やまもと」本店で

 「イザとなったら引っ越し、手伝いますよ」。転勤する元同僚ヤッシーに棒読み調で言っていた。引っ越し歴は10回以上で大好きだが、本当に頼まれるとは。レコード・CD・カセットが「えーっと、1万枚ぐらいあるかも」という収集マニアだ。初めて買ったレコードは「ヒューイ・ルイスか原田知世」で、17歳から足かけ20年でCD6000枚、レコード4000枚、カセット400本(いずれも推定)。前の異動から開かずの段ボール箱もあり、本人も把握不能らしい。

 「もう頂上は見えた。あと残り5分の1ぐらい」というから大丈夫だろう。お礼の晩ご飯につられて荷出し前日、出かけた。軍手とマスク姿で部屋に入る。うぎゃー。浴室が毛虫だらけ、じゃなかったカビで黒い。どうしたらこんなになるのっ。声がひっくり返る。「どうもしていないからです」。そりゃそうか。飲みかけの酒瓶、破れたソファ、賞味期限が半年前に切れた菓子詰め合わせ…。マスクを買ってきて本当によかった。

 再びのけぞった。うっ。窓辺に干したトランクスが満艦飾だったからじゃない。2部屋の壁一面にCDが並んだままになっている。どこが5分の1なの…。慌てて段ボールを組み立てる。合板の本棚は重みでたわんでいた。ネジが足りず3本で支えてある棚もあった。よくもまぁご無事で。

 棚からひとつかみして箱に詰める。「野坂昭如」と「和田アキ子」の間にアフガン音楽があったりする。クラシックと演歌以外は何でもござれ。1枚4、5万円のレアものもあるらしいが、感心したのは最初だけ。ただのブロックにしか見えない。「わぁすごい。あっというまだー」と背中で声がする。感心してないで、手、動かしてよっ。

 詰めても詰めてもCDが沸く。「数の暴力ですねぇ」。集めたのはあなたでしょう。CDは私がやるから、他の荷物を片付けて。鬼の形相で入れていたら「ひとつかみ」が9枚だったのが11枚まで増えた。小指がつりそう。CD屋に勤めない限り役にも立ちそうにない技だが。

 彼は別の部屋を片付け始めた。学生時代の写真を見つけたらしい。「すごいジャニーズ系ですよ」。15年で20数キロ太ったレコード男は回顧モードに入っている。もう相手をする元気もない。4時間がかりで詰め終えた。業者が置いていった段ボール100箱はほとんどCDに使った。まだ身の回りの荷造りは残っているようだが、もう知らないっと。いらなそうなもの、もらって帰ろう。ベトナムコーヒー用のアルミ製フィルター2個とタオル2枚を失敬した。

 お礼のご飯は大阪・十三の「ねぎ焼やまもと」にした。淀川区民だったころよく行った。パリ留学時代も一時帰国して真っ先に向かったほど。元・自称ジャニーズにも3年前に紹介したら、気に入ったらしい。彼が曽根崎署担当だったころ梅田の支店に週1、2回は通ったという。

 おごりだから一番高いのにしよう。迷わずハイデラねぎ(ハイデラックスねぎ焼)を選ぶ。すじと牛豚、イカ入りで、カリッとふんわりおいしい。豚バラの卵焼き・とん平も頼んだ。「さすが本店、卵とろりですねぇ」。隣は感慨深そうに生ビールを飲む。端っこの2切れだけつまみ、旅立つヤッシーに残りを譲る。駅前の和菓子「喜八洲(きやす)総本舗」に寄るのも忘れない。みたらし団子にするか、きんつばか。悩んできんつば1個を買ってもらい、毛玉だらけの茶色セーター姿に手を振った。じゃあ頑張ってね。体、気をつけて。

 やれやれ。帰ってきんつばを食べながらメールを打つ。返事がない。徹夜して残りを片付けると言っていたのに。心配していたら翌朝、メールが届いた。「つつがなく荷出し終わりました」。それはよかった。私は小指が痛いぞ…。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。

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