2008年7月14日
コンテチーズたっぷりのコンテ風クネル。地元の鶏肉入り
レジーナお手製ジュラ風ガレット
築200年の農家。1フロア170平方メートルの二階建て。階段は外にある
改造中の相談中のクリスティーヌたち=いずれもフランス東部ジュラ県で
パン屋も教会もなかった。標高500メートル、なだらかな緑の丘には茶色の牛しかいない。幼なじみエミゴの声が聞こえてきそう。「長船(おさふね)みてーじゃな」。田園風景はどこだって自分たちの故郷と一緒くたにする。フランス東部ジュラ山脈のふもとで岡山の町と友を思い出す。
クルミ油作りも手がける民宿(シャンブル・ドット)に2泊した。特産チーズ・コンテを作る古い圧搾機があるサロンと食堂が1階で、2階には客室が4つ。もとは朽ちかけた干し草納屋で築200年とは思えない。宿を営むレジーナとジャンフランソワ夫妻がほとんど2人で改築したという。
入り口で1年半に及ぶ作業の写真を見る。ガテン夫婦は雪にもめげず、毛糸の帽子をかぶってタイル張りをしていた。「すごいでしょ、2人」。後ろから笑う声がした。常連客のクリスティーヌとドミニク夫妻だった。55歳の心理療法士と60歳の画家で、北部リール近郊に住む。車で5時間かけて毎月やってくるのは家づくりのため。妻のルーツのあるこの地に、レジーナのツテで家を買ったという。
彼らと一緒に夕食を囲む。メーンはコンテ風クネルだった。チーズ入りつみれのようなクネルはあっさりして、まったりソースにぴったりだった。デザートには薄焼きタルトが出た。グラニュー糖とアーモンドを振っただけ。ガレット・ジュラシエンヌ(ジュラ風ガレット)と言われた。一口かじる。やられたー。何枚でも食べられそう。見た目は何てことないのにおいしい。作り方を聞く。「ピカール製だよ」。ひげ面の主人はフランス中にある冷凍食材店の名を言った。えっ、そうなんだ。「うそうそ、冗談」。レジーナがクネルとともに作り方を手書きしてくれた。隣に座ったクリスティーヌには北フランス料理「フラミッシュ」を教わった。タルト生地にポロネギをのせ、生クリームとバター、卵を混ぜたクリームをかけて焼くだけという。
同じ釜の飯の仲になった夫妻の家を翌日、見に行った。買ったのは2年前だが先月、ようやく屋根がついたという。「年内には工事を終えるつもりだけどどうなるやら」。確かに。床はまだ土だし、2階は吹きさらしで壁紙が破れかぶれのままだ。2階への階段は家の中にもつけたい、バルコニーは地元風にしたい。プラン満載の「よそさん」2人は民宿夫婦を質問攻めにしていた。私も2人に尋ねた。築200年の農家は2人だけで住むには広すぎるんじゃ…。「ここをフラミッシュ名物の民宿にして。客1号は私がなりますから」。2人は「完成したらもちろん遊びに来て」と言ってくれた。ちゃっかり本気にする。
宿を出る朝、白ひげを生やしたドミニクの画集をもらった。「すてきなチカコへ」とサインしてくれた。ページを開く。「めい想のためのアート」らしい。「喜びと絶望」といった単語が小さい字で繰り返し書かれている。水墨画というかロゼッタストーンというか。頭からハテナが消えそうにない。
ジャンフランソワが車で送ってくれた。「お菓子を焼いてね」と、自家製クルミパウダー200gとレシピ冊子を渡された。こっちは分かりやすい。ありがとう、きっときっとまた来ます。チュッチュッ。ほおを4回、ロン・ル・ソーニエ駅1番ホームで寄せた。重くなったバッグをかつぎ、トリコロール色のリヨン行き列車に乗る。アート本をパラパラめくる。うとうとしたのはめい想効果か。いや「長船みてー」な緑の車窓効果…だろうなぁ。

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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