2008年7月28日
ボージョレの風景。「ピエール・ドレ(黄金の石)」と呼ばれる石灰岩で建てられた村々が見える
ヤギチーズ工房で。型に入れて水気を切る
ワイン蔵にある瓶詰めの工程を説明するクレール
=いずれもフランス南東部ボージョレ地区
花より団子の女子7人旅はリヨンの北、ボージョレ地区の村に入った。なだらかなブドウ畑の丘に黄色い石造りの家が点々と広がる。わぁー素敵。8人乗りフォルクスワーゲンの後部座席は浮き立った。ガイド兼運転手・オリビエが英語交じりの仏語で説明した。「気に入ってよかった。すばらしい景色でしょう。フランスのプチ・トスカーナへようこそ!」
彼はリヨンの小さな旅行会社「カンパイ・ツーリズム」の若き社長だ。旅先の日本で「カンパイ」という言葉が気に入って会社名にしたという。ワインとチーズの作り手に会いたい。メールで頼んだ。何度もプランを練り直してもらい、真っ先にチーズ農家を訪ねることにした。
車を降りたのは畑のど真ん中だった。看板もない。築300年の2階建ての家に工房もあった。主人フレデリックは5代目で、家族3人でヤギチーズ作りを手がける。40頭ほどの茶色いヤギはすぐ裏の牧草地にいた。足元だけ黒い。タイツを履いているみたい。以前はお日様にさらしてチーズを乾燥させていたけれど、いまはEUの決まりで温度管理された室内で。なんだか残念、天日干しのほうがおいしそうなのに。
生、半生、ドライの3種類を試食させてもらった。やわらかい生はまろやかで塩気があった。ドライになると古漬けみたいに濃く乳が香る。ヤギのすぐそばの畑で青空の下、できたてチーズを味わう。なんてぜいたくなんだろう。
チーズは熟成室のわきで何気なく売られていた。「リヨンから毎週、買いに来るのよ」。60代の女性はボウル持参だった。なんだか京都の豆腐屋さんみたい。工場製の味とはまるで別物なのも…。直売するほかは知り合いに卸しておしまいらしい。もっと作ればいいのに。「家族経営だから、これで十分」。フレデリックは穏やかに笑った。
チーズを食べたらワインでしょう。ワイン造りを代々300年、手がけているシャスレー家を訪ねた。「よく来てくれたわ!」。クレールが弾けるような笑顔で迎えてくれた。うわぁ、すごく若くて美人。あなたがオーナーなんだ。パリの大学で醸造を学び、ワイン会社で3年働いてから帰郷し跡を継いだという。自分が手がけた有機農法のワインについて説明してくれた。生産量は数千本単位だからパリでも見本市以外では売らない。「ヴァカンスは春に1週間取るだけかな」。フランス人としてはかなり短い。「でも平気よ、好きな仕事ができるから」。キラキラ輝いている。
新樽の並ぶ蔵で試飲させてもらった。ワイン・エキスパートの資格を持つヨーコさんにならい、グラスを思い切り傾けて色を見る。おいしい生ハムをつまみに3種類いただいた。ヨーコさんの見立てはこうだ。「新しい味を探究しようとする若々しさ、ブドウの品種・ガメイの味わいの中に、ワイン造りに対する気概も感じる」。確かに情熱の味、クレールそのものみたい。
どうやら彼女にひとめぼれしたかも。9月の1週間はブドウ収穫に40人ほど集まりお祭りみたいになるらしい。重労働だが楽しそう。また来られたらいいな。
もう1軒のワイン醸造家も訪ね、計6杯ワインを飲んだ。どこでも仕事に誇りを持っている人たちと出会えた。これだから旅ってやめられない。人生ってバラ色だわ。隣でハンドルを握るオリビエに言うと、チラッと見もせず言われた。「チカコの顔もバラ色だよ…」。
リヨンのパール・デュー駅で7人それぞれ、オリビエとほおを寄せるあいさつ・ビズを交わして別れた。パリ行きTGVを待つ。同じ釜の飯を食べる7人、初対面だったのがもう姉妹みたい。おそらく末っ子・ノリコさんは心配していた。「パリで都会になじめるかな…」。フランスに来てずっと、村ばかり回っていたから。
不安を払ってあげなくては。長女ヅラして私が言い出す。「まずはホテルの部屋割り決めよっか」。ホームで7人が輪になった。こぶしを握る。「せいのー、最初はグー!」。なかなか決まらず熱くなる。おかげで居合わせたフランス人に遠巻きにされたような…。

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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