2008年8月4日
アラン・デュカス料理研修センターで作ったガトー・バスク。サクランボのソテー添え=パリ郊外アルジェントゥイユ
エッフェル塔のふもとでピクニック=パリのシャン・ド・マルス公園
7歳の男の子が描いてくれた「ハート人間」=JAL機内
フランスの食を巡る女7人旅はパリに入った。金沢で10月、画廊を開くヨーコさんは母ミチコさんとルーヴル美術館へ。サカエさんとノリコさんはエッフェル塔の階段登頂に。ユリさんはシュー菓子を習いにシャンゼリゼまで。私はアラン・デュカス料理研修センター(ADF)に向かった。世界中に店がある著名シェフによる「虎の穴」はパリ郊外の住宅街にひっそりあった。表札は小さく倉庫みたい。見落としそう。
アマ向けの1日講座に申し込んでいた。講習費は315ユーロ(53000円)。仏ロワール地方の料理店オーナー、パリの病院に勤めるアニック、アフリカ・エリトリアに住むコロンビア人男性と一緒になった。午前9時、黒いエプロンをつけてレシピを読む。テーマは「南仏の伝統料理」。ええと、「ピストゥーのスープ」「イワシの薄焼きタルト」「仔牛のカノン仕立てロースト、小ナスの詰め物」「ガトー・バスク」か。4品も作るんだ。
シェフのトマはどんどん仕事を割り振っていく。ピストゥーはバジルを乳鉢に入れて、ニンニクと松の実と丁寧にすって。トマトもナスもタネはスプーンで取りのぞくこと。えー、捨てるの。もったいない。同僚から誕生日祝いとして受講券をもらったというアニックは「私は不器用だから」。イワシの頭を落とすだけで「イワシの大虐殺よ〜」。頭は飛び散りエプロンが血みどろだった。タマネギのみじん切りも初めてするようで、私の雑な切り方でも「日本の技術はすごいわね」。シェフにも突っ込む。「アメリカ人は講習に来たことがある?」「ないね」「そうでしょう、アメリカ人はステーキとフライドポテトがあればOKだから」。口はいいから手、動かそうよ。
13種類の具が入ったピストゥーのスープは、いままで食べたことのない立体的な味がした。アニックは「味わいのアリアンス(融合)ね」。朝9時から午後5時まで作っては食べ、シャンパンを飲み、シェフたちと議論する。さすがにヘトヘトになった。早く仲間に会いたい。
最後の夜はエッフェル塔のふもとでピクニックをした。「女子の遠足はやっぱりロゼでしょう」。ヨーコさんは乾杯の発泡酒を買ってきた。それぞれチーズやハム、キッシュを持ち寄り芝生に座る。ワインを飲みながら夕暮れを待つ。夢の話になった。7人でビルを借りよっか。1階は製菓を勉強中のノリコさんの工房とヨーコさんの画廊にする。2階は家庭料理を教えるミチコさんが定食とおそうざいの店を開く。3階でマサコさんとサカエさんのヨガ教室、4階はユリさんのドイツ語教室にしよう。「念ずれば通じる、大志を抱け、ですね」。うれしそうにミチコさんが言った。サカエさんは「このまま時が過ぎないでほしい」。本当に。
帰りの飛行機はノリコさんと並んで座った。隣にかわいい先客がいた。7歳のマックス君だった。日本に住むおばあちゃんを訪ねての一人旅だという。世界地図を広げたりお絵かきしたり。離陸のころにはもう仲よしになった。「チカコとノリコのこと大好き!」と言いながら3人の手の甲にハートマークを書く。メモ帳にはハート形の顔をした「ハート人間」も描いてくれた。受け取りながら心がじんじんした。どうして彼は知っているんだろう。私たちの旅がハートいっぱいだったことを…。旅のフィナーレに現れた天使みたい。ほおを寄せるビズも日本に戻ればお預けだ。マックスありがとう。思い切り抱きしめて別れた。
あーあ、京都に戻るんだ。重さ23キロの荷物を転がす。フワフワした気分のまま2週間ぶりに長屋に入った。うわー、庭がきれいになっている。縁側に駆け上がる。見違えた。留守の間に嵯峨野のマリさん、ケイ君、竹職人リサさんが草むしりをし、アサガオを植え、よしずを新調してくれた。まだ夢の続きみたい。
久しぶりにパソコンを開く。バミューダのミノリさんからメールがあった。「おかえり!大好きな千香ちゃんへ」。「彼女のおはぎが好きだったとか、お葬式で故人をほめる話を聞くたび思います。本人に伝えたらどんなにうれしがったかと…」。だから思い切り抱きつき「大好きよ」と言うって決めているそうだ。
ミノリさんをマネしよう。旅も人生もハートいっぱいがいい。翌日に出かけた大阪・十三の交差点で宣言した。「だから私も言うことにした。大好き」。目線の先の横顔は一瞬、言葉に詰まって切なそうな顔をした。「もうちょっと生きさせてよ…」

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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