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二条城ランナー発おぜんざいマフィン

2008年8月11日

  • 筆者 多田千香子

写真ニンフェンブルグ城。広大な庭園が背後に広がる=ドイツ・ミュンヘン写真プレジリー城へ向かう麦畑の一本道=フランス東部ジュラ県写真お手製おぜんざいマフィン。ゴマ入りそぼろ(クランブル)をのせて=京都市中京区

 「駅伝に出ませんか」。赤穂出身のナオコさんに誘われた。独仏旅行に出かける2週間前だった。所属する走る会の仲間で、12キロを男女4人でつなぐという。3キロぐらい走れるだろう。月に1、2回走るだけのヘタレ・ランナーなのにタカをくくる。でも順位をガクッと下げてしまいそう。ナオコさん以外の人とは会ったこともないのに。しかも大会は帰国3日後だった。どうしよう。ナオコさんに「出ましょう!」と背中を押される。よーし出ます。我が人生と同じく向こう見ずになる。

 まずは毎日走ろう。旧二条通から出世稲荷を通り、朱雀高校わきから二条城へ向かう。長方形のお堀1周1.9キロを2周。気が向けば野口みずき選手も走る三条会商店街に寄る。これで6キロほどになる。

 「初対面の人と駅伝」効果は大きかった。毎日は無理だったが2週間で8日、走った。えらいぞ自分。パリ留学時代は女性だけのジョギング大会に出たけれど、練習の動機付けにはならなかった。ビリでも棄権でもはた迷惑にならないから。

 せっかくだから旅先でも走ろう。スーツケースに白いシューズを入れた出発前日、ナオコさんからメールがあった。駅伝の運営に疑問があり、出場するかどうか検討中だという。彼女に頼んだ。帰国まで結論を知らせないで。駅伝不参加を聞いたとたん、サボるのは目に見えている。

 ミュンヘンではバイエルン国王の離宮・ニンフェンブルク城に毎朝、通った。庭園が森そのもので、植物園や池、室内浴場もある。あ、リスが横切っている。名の通り妖精がいそうな場所でドイツの人は真剣に走る。ダンベルを握っていたり、いきなりダッシュしたり。私は通りがかったパン屋で何を買おうか考える。保養地テーゲルン湖畔では標高1400メートルの山を自転車で登る女性に会った。走るより大変そうだ。彼女はほほ笑んで言った。「自分をいじめるために時々登るの」。かっこいい。見習おう。

 フランス東部ジュラ山脈では「チーズ屋通り」を駆けた。放し飼いの牛の不思議そうな視線を浴び、山頂にある12世紀の古城をめざす。標高500メートルの山道では心臓が口から飛び出そうになった。民宿のおいしいコンテ・チーズを励みにした。リヨン郊外では乗馬クラブと墓地の中を往復した。帰れば宿のマダム・ベアトリスお手製キイチゴジャムで朝食を。パリでは住んでいたころと同じコースを走った。シャン・ド・マルス公園をセーヌ河まで抜ける。エッフェル塔を1周して、好きなパン屋でバゲットを買って帰った。どこでもエサがないと走れない。

 2週間の旅で走らなかったのは移動の2日だけだった。1カ月で京都・パリでは世界遺産、ミュンヘンは17世紀の城、ジュラ山脈では「なんちゃって高地練習」、リヨンでは自然の中を駆け抜けた。ナオコさんに報告する。「なんて場所がゴージャス!」。感心してくれた。旅の友・マサコさんには証言を求めた。「ね、私、ちゃんと走っていましたよね」。彼女は言った。「本当に走っていたかどうかは分かりませんけれど、起きたら姿はなかったですねぇ」。確かに。目撃されていても自己流の走り、転がる雪ダルマにしか見えなかっただろう。

 駅伝参加は取りやめになっていた。残念なような、ホッとするような。次の目標は淀川市民マラソンのハーフらしい。制限時間が緩くて初心者向けという。淀川かぁ。元・淀川区民としては身近すぎてノレないかも。まったく字面に弱い。

 とりあえず東京マラソン10キロの部に登録した。制限は1時間40分、何とかなるだろう。しかも抽選待ちだ。またしても中ぶらりんな目標に向かって週3回、夜の二条城に通う。切符売り場の時計でタイムを測る。何とか3周走れるようになった。

 「逢いたくて〜」とスタレビを歌い歩く若者、後ろ向きで走る男性、自転車に2人乗りのカップル…。ええい暑い。ドタドタ追い越す。一番、暑苦しい私の頭の中は食べ物だらけ。明日作るマフィン、どんな味にしようか。涼しげに白玉ぜんざいなんてどうだろう。白玉は日持ちしないから求肥と粒あん入りにする。カリカリしたそぼろ状のクランブルには黒ゴマを混ぜて。名づけて「おぜんざいマフィン」。和風ばかり思いつくのは二条城のせいか。ゼイゼイ、あのドイツ女性の境地にはほど遠いわ…。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。

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