2008年9月1日
アメ色のトリがぶらさがる街市(公設市場)のロースト店=香港・北角で
ナッツとゴマかけ白玉団子を食べるユーちゃん=香港・上環の「満記甜品」で
ワンタンメンに突進するユーちゃん=香港・中環で
モチモチした「糖不用」。素朴な香港のおやつ=香港・天后の「晶晶甜品」で
「香港は今、エビがおいしいので焼いて食べましょう」。現地在住トモコさんは私の元同僚2人も誘ってくれた。それなのに、初対面の人の家を訪ねるというのに、ヤッシーは短パンなんだから。朝食に茶餐庁(喫茶店)でエッグタルトを食べながらチクチク言う。2人はコーズウェイベイそごう前で待ち合わせるという。ガクさんの鼻の穴がピクピクふくらむ。ダジャレを思いついたサインだ。「そごうへ急ごう。コレなかなかよくない?そごう、宣伝に採用してくれないかな」。ズズーッ。力なくミルクコーヒーをすする。トモコさん、2人に戸惑いませんように。
「エビ祭り」の買い出しに下町・北角の街市(公設市場)でトモコさんと落ち合った。1歳半の息子ユーちゃんも一緒だ。まず有機栽培の八百屋さんに声をかける。「ネイホウマ!(こんにちは)」。香港の郊外・新界から届いたばかりのホーレンソウを箱から出してくれた。「ポメロも買いましょう」。黄緑色の大玉は「お化けミカン」みたい。アメ色に焼けたトリがぶら下がるロースト店にも並ぶ。ガチョウと尾頭付きトリを1羽ずつさばいてもらう。おしまいにフェリー乗り場前の魚屋でエビを10尾ほど手に入れた。まだピチピチはねている。マンションへ急ごう。
ビル群とビクトリア湾を見下ろす部屋で「祭り」が始まった。トモコさんが飲み物を尋ねる。ガクさんは言った。「お茶でいいです。だってオレ、おっちゃーん」。あわわ、トモコさんが固まりそう。心で削除キーを連打する。ポメロを教えると「シェークスピアを思い出すなぁ」「何で」「ポメロとジュリエット」。始まっちゃった。「半年会わないと話すネタがたまるねぇ」と言い合う親友だが、会うとダジャレにかき消される。オリンピック映像とナショナリズムについて話すはずだったのに。
トモコさんはあしらい上手だった。25歳で京都・嵯峨野にケーキカフェを開いただけある。店じまいする前オーナーに「私に任せて」と頼み、OLを辞めて自分の店を持った。夫の赴任で引っ越した香港でも何かしたい。自宅で週1回、手作りケーキの会を開くようになった。もちろん子連れOK、異国で奮闘するママのやすらぎの場に。そんな思いで「カフェかあさん」と名づけた。初のカフェではヴァニラハチミツのシフォンケーキを作った。1歳未満は食べられないハチミツを入れるから、子の成長のあかしでもある。拙著に出てくるサブレも焼いた。キンモクセイの花を混ぜた「黙らせサブレ香港スペシャル」。いろんな国のバターが手に入る土地柄、イギリスの有塩バターで作ってもおいしかったという。レシピ、かわいがってくれているんだ。「おやつへの思い、チカコさんを勝手に同志だと思っています」。胸がいっぱいになる。
トモコさんが「おやつツアー」に誘ってくれた。上環の乾物屋で杏仁豆腐になる北杏・南杏を、乾めん屋では4香港ドル(60円)のアワビめんを買う。フランス人シェフの生チョコレートのケーキも上品な味だった。まだ話し足りない。天后にある「晶晶甜品店」に駆け込んだ。2人の行きつけのデザート屋さんだ。ユーちゃんが席につくなりスイカがふるまわれた。もう「顔」なんだね。お皿に盛った団子がすぐ出てきた。ゴマとピーナツ、ココナツが白い8粒にたっぷりまぶしてある。献立表を見る。14香港ドル(200円)で「糖不用(トンパッラッ)」とあった。よく見ると「用」じゃない。「用」の真ん中のタテ棒が「心」の2画目みたいに右へ曲がっている。団子がくっついて「離れない」という意味の広東語らしい。
ユーちゃんは団子を見るなりトモコさんの腕から飛び降りた。夢中でほおばっている。大好物なんだ。どれどれ、少しくださいな。つまようじで口にほうりこむ。あ、私も大好きかも。モチモチして甘くて、どこか南国風の味で。翌日も別の店で「糖不用」を頼んだ。我らが王子はピーナツしるこには目もくれず、相変わらず団子一直線だった。
2人は翌日、香港駅まで見送ってくれた。出発直前まで別れがたい。フォーシーズンズホテルのラウンジに入った。ユーちゃんはエビワンタンメンをツルツル食べた。さすが「香港っ子」、1歳半とは思えぬ食べっぷり。ほれたわ。トモコさんの海南鶏飯もたいらげていた。「大好きって言うと笑うようになったんですよ」とトモコさんは言った。ユーちゃんと目があうたび私が「大好き」と言い続けたから。香港の中心で何度、彼に愛を叫んだだろう。ユーちゃんも寄ってくる。「相思相愛ですねぇ」とトモコさん。エアポート・エキスプレスの改札口で抱っこする。「ユーちゃん大好き、また来るからね」。最後に言って別れた。
心がじんじんする。機内食のカツカレーを前に問答する。「大好き」を香港で言うみたいに口にしていれば、今ごろは別の人生だっただろう。いまさら仮定法の構文を練習してもしかたないか…。

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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