2008年10月27日
カギ型のサブレを焼く。このころはまだ余裕があった
ミホさんからのロンドンおやつ便
マユさん手作りのフルーツ紅茶煮=いずれも京都市中京区
大阪市中央公会堂での講演を引き受けたのは、半年以上も前だった。講演というか「おやつ漫談」というか。神戸女学院の同窓会大阪支部アキコさんが声をかけてくれた。年に1度の例会で、OG70人ほどが集まるという。いいんだろうか、私のようなチンチクリンで。荷が重いと思いつつ新たな出会いに目がくらむ。場所にもときめいた。大正期ネオルネッサンス様式の空間で、フランス菓子について話せるなんて。
アキコさんらと打ち合わせを重ねる。エピソードを交えながら手製菓子を食べてもらおう。コース仕立てにして、前菜として小さいお菓子を並べ、ホールのケーキをテーブルごとにおいて華やかに。会場の雰囲気にあわせ、鹿鳴館風のドレスに羽つき帽子で登場しようか。能天気な私にアキコさんたちは不安に思ったにちがいない。
締め切り1週間前、申し込みは30人だった。なぁんだ。ホッとするような、もっと来てもらいたいような。ちょうど製菓を勉強中のノリコさんから「お邪魔でなければお手伝いさせてください」とのメールが届いていた。お、お願いします。ずうずうしく飛びついた。これで安心だわ。油断していたら申し込みが80人近くになっていた。うわー、うれしいけれど大丈夫だろうか。あと5日しかない。がんばらなきゃ。せっかくアキコさんが頼んでくれたんだ。
ケーキは「ガレット・デ・ロワ(王様のお菓子)」にした。アーモンドクリームを詰めたパイで、アキコさんが気に入ってくれていた。新年を祝うお菓子を名乗るには季節がまだ早い。集まるのはエレガントな淑女ばかりだから「王女のガレット」としよう。ええと、80人だから11台は焼かないと。モンブランも80個。お土産にはサブレやマドレーヌなど5種類の小菓子を焼くことにした。バターも粉も足りるか心配だ。電卓をたたく。手あたり次第に注文した。とにかく作ろう。サブレを焼きながらクリームを仕込む。めん棒を振り回してパイ生地にバターを折りたたむ。
階段にもたれて居眠りしていたら国際小包が届いた。ロンドンのミホさんからだった。1月にロンドンで初めて会っていた。箱を開ける。「チカコサンに背中を押してもらったお礼です」。チョコレートにクリスマスプディング、カップケーキのレシピ本…。もりだくさんの「おやつ便」だった。私が買い込んだり欲しそうにしたりしたもの、覚えていてくれたんだ。泣けるなぁ、もう。鼻水をすすりながらハニーローストピーナッツを口に放る。オーブンがピーピー鳴いて我に帰る。泣いている場合じゃない。また人間ブルドーザー、スイッチオン。2晩徹夜して動き回った。
講演の前日、ノリコさんが手伝いに来てくれた。手分けして袋詰めする。2人ってなんて早いんだろう。手提げカバンに入れながらノリコさんがつぶやく。「あれ、おかしい。サブレがなくなった」。とにかく多めに作ろう。カバンにぶら下げたカギ型のサブレが壊れませんように。段ボール箱4箱に詰め終えた午後6時半、宅配便に集配を頼んだら「もう無理」と言われた。いつもなら大丈夫なのに。こういう日に限ってイケズなんだから。ぼやきながら営業所までタクシーで持ち込んだ。
戻ったらパイとモンブラン作りだ。ノリチャン、頼むわ。仕込んだパイ生地をのばしてアーモンドクリームをはさみ、放射状に模様を描く。1度に2個しかオーブンに入らないうえ、焼くのに1時間はかかる。ノリコさんが言った。「こりゃ朝までかかりますね」。間に合えばOKだわ。私はモンブランを組み立てる。アーモンド粉入りの焼きメレンゲに栗クリームを絞り出す。渋皮煮をのせてテトラパックにした袋に詰める。お腹が空くと、ミホさんのナッツやマユさん差し入れの洋ナシの紅茶煮をつまむ。そういえば彼女たちも私も、場所は違えど同じ料理学校だ。母校愛なんて縁がないけれど、同窓に支えられていたんだな。
午後9時半ごろ、ノリコさんを見送った。さてラストスパート。パイを丸く伸ばす。徹夜3晩目、目をつむると3秒後には立ったまま眠れそう。馬か私は。ダメダメ新人記者だった15年前を思い出す。裁判取材中に舟をこいでいた。怖い先輩に見つかり、頭をたたかれてメモを渡された。走り書きでこうあった。「プロなら寝るな!」。思い出すたびビクッとする。いまだにどんな目覚ましより効くおまじないかも。午前3時、バターの香りに包まれる。表でネコが騒いでいる。もうおまじないも効かない。あぁダメ、寝ちゃあ。冬山かココは。気が遠くなってきた…。

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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