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一球入魂おじゃがマフィン

2008年12月15日

  • 筆者 多田千香子

写真差し入れに焼いたおじゃがマフィン写真ベンチに書かれた4時間の練習メニュー写真差し入れ争奪じゃんけん合戦「せーの!」写真「おいしそう!」にぎやかなソフト女子たち=京都市北区の立命館大学原谷グラウンドで

 誇り高き8番ファースト・サヨちゃんに会いたくて、立命館大女子ソフトボール部の練習に押しかけた。文学部の学習会で彼女と知り合ったのは半年前だった(「立命サヨちゃんのシュークリーム」)。金閣寺からバスで20分、人里離れたグラウンドは熱かった。「おりゃおりゃー」「行こうよ行こうよー」「飛べ飛べー」「もう一丁!」。たくましい声は山あいに響き、ソフト乙女は塁間を跳ねる。うわー、かっこいいな、まぶしいな。

 赤いカバンに入れた紺色のマイ・グローブをコソコソ押しこんだ。小学生のころはソフトボール少年団で三塁手だった。とはいえベンチに引っこむことが多かった。レギュラーみたいに粉飾したのに会社員時代、職場の野球部に入部拒否された。球歴詐称のヘタレが週6日練習する体育会に混ぜてもらうなんて、同年代だったとしても無理だろう。しかも相手は西日本インカレで準優勝した強豪だった。

 おとなしく見ていよう。差し入れを三塁側ベンチに並べた。気に入ってもらえるかな。何にしようか悩んで結局、おじゃがマフィンにした。4時間も運動した後だ、腹ペコかもしれないと思ったから。粗挽きトウモロコシの粉を混ぜてパンみたいにした。元職場の師匠マッサンが育てたおいしいジャガイモもあった。細く切って素揚げしたのをマフィンに突き立てた。やっぱり甘いものもあったほうがいいだろうか。また迷う。急きょマドレーヌも焼いた。

 青いシャツを着たサヨちゃんはノックの最中だった。「もうすぐ終わりますから待ってくださーい」。主将のオッチーがクールに練習をしめくくる。「今日は送球、よかったよ」。15人が輪になって神妙に聞いていた。おしまいのころサヨちゃんに差し入れを渡した。静かだった15人が弾けるように叫んだ。「キャー!」「うれしいー」「マフィンかマドレーヌか、じゃんけんしよ!」「せーの!」練習と同じぐらい燃えている。勝った人から手がどんどん伸びる。それぞれ座り込んで、むしゃむしゃ。よっぽどお腹、空いていたんだ。「おいしい〜!」「幸せ〜」。あちこちから声があがる。あっというまに平らげていた。こんなに喜んでもらえるなんて。

 ジャージ姿のままベンチで話した。道産子の切り込み隊長・1番リナちゃんは、フランスに花の勉強に行きたいという。水やりを忘れた観葉植物が枯れそうになると「ごめんね〜」と謝るほどのグリーン好き。留学となると住まいや言葉が心配だ。関西リーグ一のさわやかショート・アオチャンは記者志望という。ソフトが大好きで試合の戦評はお任せあれ。でも五輪種目から外れたソフトを広める活動にも興味がある。「近ごろ何がやりたいのか分からなくなってきて〜」。大丈夫。決め球に迷うのはいい人生にしたいと探っている証し。もう少しで入魂の一球にたどり着くよ。「私でさえ何とかなってるんだから」。妙な自慢をして励ました。

「キャッチボールしましょうか」。サヨちゃんが言い出せずにいた私に声をかけてくれた。気をつかってくれたんだ。わーい、うれしい。黄色い皮の球を握る。あれ、こんなに大きかったっけ。「小・中学用は小さいんですよ」と教えてくれた。

 えいっ。球はヨタヨタ、あっちこっちに弧を描く。どうしたらノーコンが治るんだろう。「まずですね、『女の子投げ』になってます。肩より高くヒジを上げて、こんなふうに」。なるほど。肩をぐるぐる回す。頭上に腕を伸ばして指先から球を放す。言われた通りに振りかぶる。まだ球は迷走している。「慣れるとまっすぐ投げられますよ」。70球ほど付き合ってもらう。どうかな、うまくなったかな。街を歩いていても姿が写るとつい振りかぶりたくなる。「女の子投げ」を克服したと思ったら、今度は駅のホームで時折見かける「ゴルフ素振りおじさん」みたいだな…。

プロフィール

多田 千香子(ただ・ちかこ)

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。

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