2009年2月23日
アルザス・ストラスブールの市場のソーセージ売り
ストラスブール大聖堂。大き過ぎて写真に入らず
街のパン屋で売られていたアルザス名物クグロフ=いずれも1月撮影
大聖堂前の土産物屋で買ったアルザス陶器・スフレンハイム焼。1月の訪問で購入
アルザスのおばあちゃんのレシピで作ったリンゴタルト
「フランス人の夫と京都でレストランを始めたい。相談に乗ってほしい」。パリのアキコさんに頼まれた。留学時代に知り合って以来、2年ぶりのメールだった。覚えていてくれてうれしいが、よりによって私のようなヘタレになぜ?
食に通じた知人も多いだろうに。ロンドンでMBAを取得、フランスで起業したスーパーレディーにモノを言うなんて。戸惑ったけれど面白そう。まぁチャチャ入れぐらいなら。OKしてから思いを知った。彼女の夫は10代で料理人を志したが、親に猛反対されてあきらめたという。IT業界で働きながらレストラン経営の夢を描き続けてきた。40代になり、双方の両親が元気なうちに実現したい。彼の故郷・仏東部アルザス地方の家庭料理は、懐の深い京都になじむはず。ドイツ国境にあって融合の妙をみせる食文化を紹介し、かけ橋となりたい…。
シェフはアルザスから呼ぶのだろうか。「いえ、夫が料理人です!」。へぇ、2人とも経営だけだと思っていた。食の道にあこがれ、別世界をへて挑戦…少し似ているかも。フランスの名門・グランゼコール出身の彼におこがましくも自分を重ねる。アキコさんの姿勢にもひかれた。経営は専門だけれど、「おいしさ」や「心地よさ」の演出は計数で得られない。私には欠けている点だからアドバイスをしてほしい…。すがすがしいな、男前だな。見習いたい。ちゃんと応援しようと決めた。
彼女に知り合いの不動産業者を紹介し、自分の長屋改装について資料を送る。会う人ごとに計画を話して反応を探る。「アルザスってどこ?スイス?」「アルザス料理なんてあるんだ」。うーん、まずは知ってもらわないと。アキコさんからメニュー案が届く。塩漬けキャベツと肉の煮込み「シュークルート」や「ウサギのシチュー」…。私は好きだけれど、日本人にうけるだろうか。
メニュー検討会を開くことにした。「アルザス料理店プロジェクト勝手連」と勝手に名付けて呼びかける。メンバーは平均30代、京都在住の8人になった。アキコさん夫妻のターゲットそのものじゃないだろうか。イメージしてもらうためにアルザス料理も出す食堂に集まった。
まずはランチから検討する。たたき台によるとポタージュが必ずつくようだ。パン作家マユさんは「昼はサラダをモリモリ食べたいなぁ」。京大ヨーコさんも「ポタージュになるとゆっくり食事する感じだから、ふだん使いにはどうだろう」。夜の献立「おばあちゃんのレシピ:特製フォアグラのテリーヌ」に注目したのはY紙マリさんだった。「昼にもチラ見せしてほしいよねぇ。ほんのお試し、親指の先ほどでいいから」。全員がうなずく。煮込みや肉料理が多いのを心配する声も多かった。「京都の夏は暑いから。あっさりメニューも欲しい」とマユさん。
デザートには果物タルトやイースト菓子クグロフが並んだ。「お腹いっぱい食べた後に頼みたい!と思うものがない」。製菓を勉強中の銀行員ノリコさんは首をかしげた。そうそう。メモを取る。アイスクリームはぜひ欲しい。ヴァニラだけでもいいから。「ヴァニラアイス希望多数」。単なる私の好みをちゃっかり書いた。
8人が2、3人ずつに分かれて言いたい放題になった。すみませーん、ご清聴願います。アキコさんが思案中の「3000円酒飲みコース」、どう思いますか。前菜とメーンは半分の量で、お勧めワインが2人で1本付くのだけれど…。ワイン好きの女性に向けてのアイデアだったが、勝手連は容赦なかった。「中途半端!」の大合唱になる。「そんなのがよければワインバーに行くもん」「家庭料理の店ではがっつり食べたい」。はいはい、パリに報告します。
場所は「中心部を外したほうがいい」と言う看護師アケミさん案に私も一票。ちょっと落ち着いた御所南ぐらいかな。「寺町二条!」とピンポイントなのはA紙ハルコさんだった。「あのあたり、こだわる客が多い。私んちにも近い」って自分の台所じゃないんだから。まぁいっか。
勝手連は4時間続いた。パリにいる主役そっちのけ、外野は甲子園ライトスタンドと化して盛り上がった。役に立つんだろうか。まとめは「とにかく目玉を決める」。ハルコさんは「おばあちゃんのタルト、みたいに、おばあちゃん色を出すかな」。立命セト先生は「京都でデザートワインが飲める店は案外ないからウリになる」。マユさんが言った。「地元民か観光客相手なのかメッセージがないと、自分が行っていい店かどうかわからない」。この日一番、共感したセリフかも。店にとって私は「お呼び」なのか「お呼びでない」のか。京都では及び腰になるから…。
アキコさんにレポートした。「参考になる言葉ばかりでした。ハチマキを締め直して頑張ります!」。我が人生のように支離滅裂な内容だったと思うのに、優秀な人って謙虚だわ。教わったアルザス流リンゴのタルトを試作しながら思う。おせっかいもタルトも焼き始めると止まらない。エイヤッ、暴走ついでにアルザスまで行こう。近ごろ旅に貢いでばっかりだ。大丈夫だろうか。経営感覚ゼロと知りながら、アキコさんと違ってうなだれるだけなのだった。

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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