2009年5月18日
会場で5段重ねにしたウェディング・バウム
バウムの後ろ姿。ペンギンが誓いのキス
ケーキ入刀する2人
入刀を終えてニッコリ
てっぺんにのせたバウムは新郎新婦へプレゼント
=いずれも岡山市北区のルネスホール
そーっと風呂敷包みを抱える。ずっしり重い。7キロあった。岡山まで壊れませんように。後輩ユカちゃんのウェディングケーキだった。結婚式の前日の明け方、焼き上げた。
日本バウムクーヘン学会での試作をもとに、いくつか改めた。生地があふれて端っこを多くカットしないと層が現れず「切れっぱし率」が高かった。土手を補強するため段ボール箱で型を手作りした。
卵30個にバター、砂糖は1キロずつ。ヴァニラビーンズは舌がツブツブを感じるほどたっぷり混ぜる。アーモンド粉は風味のよい皮つきにした。生地を薄く流す左官仕事には、パリでチョコレート作りに愛用した大工用コテを取りだした。7回流して焼いて、を2枚分、計14回繰り返す。バウムらしく層はクッキリさせたい。オーブンの中とにらめっこして、キツネ色の焦げ目をつける。オーブンから出す。アチーッ。熱々の天板を左腕にあてる。ヤケドも2つ、こしらえてしまった。
学会では仕上げの砂糖衣にラム酒をたっぷりきかせた。おいしいけれど塗ったら最後、主役のバウムより目立っていた。とびきりの素材を使い、つきっきりで焼いたのに。ヴァニラの香りをいかしたい。ほんわかした新婦のイメージにもあう。砂糖衣はごく控えめにした。
ユカちゃんは別名・空飛ぶペンギン「ぼあら」という。世界一周旅行をして本まで書いたバックパッカー界のアイドルだ。営業で訪ねた岡山・表町にある老舗書店のアキオさんが新郎になった。ご縁だなぁ。バウムは5段重ねにすると35層になる。2人を結んだ本のページに見立てよう。ペンギン型のサブレも飾ることにした。
手伝いを頼んだノリコさんと岡山入りした。式場は旧日銀岡山支店・ルネスホールだった。徒歩5分のホテルにチェックインする。宿題が山のようにあった。引き菓子のラッピングをしなくては。黒豆バターケーキなどを旅行かばんをイメージしたロー挽き袋に詰める。午前1時までかかって45人分を仕上げた。
式当日朝、だれもいないホールに潜入する。台車が見つからない。しかたない。わっせわっせと5往復して引き菓子とケーキを運び入れた。高砂わきのテーブルに風呂敷包みを置く。砂糖衣が溶けていないかな。飾りのサブレ、割れていないかな。ドキドキしながら広げた。よかった、遭難者ゼロ。バウムを重ねてペンギン30匹を飾った。
天井の高いホールで式が始まった。大正期の建物に自然光が入って清々しい。スタッフとして招待客を見守る。ケーキ入刀の前にバウムについて説明することになっていた。マイクを渡される。70人を前に舞い上がった。えーと、えーと。「ユカちゃんは私の恩人なんです」。建築士として2年前、私の長屋改装に助言し、お菓子の作業台の設計をしてくれたこと。アキオさんの愛があるので私のなんて邪魔だろうけれど、たっぷり愛をこめてウェディングケーキを作ったこと…。
白いドレス姿のユカちゃんは驚いたらしい。「彼と旅したペルー・バジェスタス島みたい。ペンギンがたくさんいたんですよ、このバウムみたいに。タダさん知ってたんかなと思った」。よかった、喜んでもらえて。おじぎだけじゃあ物足りない。新婦に抱きついてから下がった。
うまく話せただろうか。ノリコさんに聞いた。「よかったですよ、ユカさん大好き!というのが伝わってきて。ただし…」。彼女は続けた。「肝心のバウムの説明、ありませんでした!」
ケーキは80等分し、せっせと袋に詰める。お開きに間に合わせなくては。必死だったせいか1時間ほどで出来上がった。ようやくホッとする。舞台裏でノリコさんに試作品と食べ比べてもらった。「あー、バウムですねぇ。試作より生地の風味が断然いいです」。あっというまに平らげてくれた。
終わりが近づく。ユカちゃんが手紙を取り出した。「天国のお父さん」。読み始めた瞬間、右端のテーブルがビクッと震えるのが見えた。にこやかだった彼女の姉マリさんが弾かれたように下を向く。肩が震えていた。親類らしい人たちの顔も、くしゃくしゃになった。あぁそうだった。ユカちゃんも早く、父を亡くしたんだった。時間が限りあることに早くから気付いて、だから旅に出たんだった。立って聞きながら、私の涙腺までせきを切ってしまった。
泣いている場合じゃなかった。客を見送る2人にバウムを渡さなければ。ユカちゃんの義兄のドイツ出身・サンデールさんは大喜びしてくれた。「おお、バウムクーヘン!」。受け取った一切れにキスしていた。
残ったバウムをノリコさんが見つめていた。「ブサイクなのん、もらっていいですか」。作ったお菓子を請われるって本当に幸せ。どうぞどうぞ。2つ勧めた。
手作りの式で新郎新婦はプレイングマネジャーのようだった。アキオさんは飾りのビーズ付けもしたらしい。ノリコさんは悟っていた。「やっぱり男はマメじゃなきゃ!」。アキオさんは何度もお礼を言ってくれた。「いやー、よかった。元々は日銀だけに、エンがあったってことですね!」うーん、ベタだけど許そう。

おやつ研究家・食ジャーナリスト。1970年、岡山生まれ。岡山大学法学部卒。朝日新聞記者として12年余、新潟・福山・大阪・福岡で働く。2005年、フリー。パリ製菓留学をへて現在、京都在住。ウェブサイトは「おやつ新報」。

朝日カルチャーセンター大阪・京都で食やお菓子に関する講座を担当しています。パリ滞在をつづったエッセー「パリ砂糖漬けの日々」が文藝春秋より発売されました。
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