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コラム「スイーツの心得」

鯛の刺し身とショートケーキ

2007年08月06日

 7月は、「パティシエ100人―伝承と革新―」特集のために、ひたすら時間を費やした。100人はさすがに多い。作業が間に合わなくて、本が出ないんじゃないかと真剣に焦った。無事、発売にこぎつけられて、よかった、よかった。

写真「パティスリー ルミュー」のショートケーキ450円。スポンジの軽さ、きめの細かさ、なめらかさは随一。生地を感じないくらい、舌の上でスーッと溶ける。シェフの富澤宜三さんがショートケーキの特性を突き詰めた結果、到達した食感だ。
写真ホテルニューオータニ「パティスリーSATSUKI」のショートケーキ2種。手前がスーパーメロンショートケーキ 1575円、奥がスタンダードなショートケーキ 450円。「ショートケーキのスポンジは溶けるような食感でなければ」とシェフの中島眞介さん。スーパーショートケーキは、カステラ用の鶏卵、乳脂肪分48%の生クリームを使っている。いっそうキレよくクリアな味わいで、コクもある。
写真アメリカンショートケーキ 525円。ビスケット生地に、ホイップクリームとフルーツをサンド。ショートケーキの原型とも言えるスタイルだ。これが原型だとしたら、日本のショートケーキは相当に遠いところまで来たものだ……と感慨深くなる。革新の連続だったのだろうな。

 今、日本のパティシエの層は相当に厚い。ベテランの弟子が中堅として活躍し、中堅の弟子もシェフを務める、つまり“三世代”が同時にシェフとして腕を振るう状況がある。もしかしたら、洋菓子史上一番のパティシエ充実期かもしれない。とはいえ、第一世代の中には、「クレモン・フェラン」の酒井雅夫シェフのようにリタイアを決意するケースが出始めた。「急がねば。今、この充実ぶりを記録として残さねば」との思いから着手した100人特集であった。

 100人の皆さんには、「1、誰から何を受け継いだか」、「2、自分では何を革新したか」を聞き、「伝承の菓子」「革新の菓子」を1品ずつ撮影させていただくことにした。どのお菓子を撮るかは自薦である。彼らが、どんなお菓子を挙げてくるのか、興味津々であった。

 意外だったのが、伝承の菓子として、あるいは革新の菓子として、ショートケーキを挙げるパティシエがけっこういたことである。

 ショートケーキはフランス菓子ではない。フランスで修業したパティシエには、あのふわふわのスポンジと軽いホイップクリームに抵抗を示す人も少なくない。フランス菓子らしさ――重くてかみ応えがあって、深みのある味わいがじんわり広がる生地、バターやチョコやフルーツの濃くて豊潤な味わいのクリーム――に乏しいからだ。あるフランス人パティシエは、「ショートケーキのような食感や味わいを、フランスでは、ファッド(fade)と表現します。“退屈”とか“味のない”といった意味ですね。イチゴとホイップクリームという組み合わせ自体は、“シャンティ・フレーズ”と言って、フランスでも人気が高い。けど、ケーキとしてはどうかな?」と言う。パティシエの作る菓子には、もっとパティシエの意思やクリエイティビティが求められるということだろう。

 しかし、どんなにフランス菓子屋を標榜(ひょうぼう)したところで、ショーケースに並んでいる限りショートケーキが一番売れるというのは、動かしようのない事実だ。「エーグルドゥース」の寺井則彦さんもそれを認める。

 今回の特集でショートケーキを挙げるパティシエが多いことに、この事実をもっとポジティブにとらえるべきではないか、と思うようになった。「ショートケーキは日本の財産」と認識すべきではないか、と。

 今回の100人のうち9割はフランス菓子の系譜上で仕事をするパティシエだ。フランス菓子とはいかなるものかをたたき込んでなお、ショートケーキを選択する。ショートケーキにはそれだけの魅力があるわけだ。

 ショートケーキを撮影品目に選んだパティシエがポイントとして指摘したのが、「口溶け」であった。「クリームと同時に溶ける口溶けの生地を目指した」と。食べてみると、なるほど溶ける。クリームと一体化して溶ける。フランス人の感覚からすると、fadeかもしれないが、日本人の感覚からすれば、「ギリギリの極限で存在するはかなさ」であり、「心地よく消えていく快感」に違いない。フランス人がfadeととらえるポイントが、日本人にとってのクリエイティビティ――それが民族の違いというものだろう。パリ在住のジャーナリストが言う、「鯛や平目といった白身の刺し身の繊細なうまみは、フランス人には感じ取りにくいみたいですよ」。ショートケーキのおいしさもそれと一緒。鯛の刺し身とショートケーキ。そこに日本人の美学があるなんて、ちょっとうれしい。

メモ

パティスリー・ルミュー

東京都調布市西つつじヶ丘4-6-2-108

Phone.0424-43-0820

10:00〜20:00

水曜休

パティスリーSATSUKI

東京都千代田区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ ザ・メイン ロビィ階

Phone.03-3221-7252

11:00〜21:00

無休

DEAN & DELUCA

東京都港区港南2-18-1 アトレ品川2F

Phone.03-6717-0935

Market 10:00〜23:00

Espresso Bar 7:00〜23:00

KIOSK 7:00〜22:00

不定休

今月の「料理通信」

写真パティシエ100人―伝承と革新―
「だから日本のスイーツはレベルが高い。この100軒はおいしい」を解き明かす100の証言/東京スイーツ この10年の10大ニュース!/最新ショコラニュース/綴じ込み保存版・最新トレンド15

プロフィール

君島 佐和子(Kimijima Sawako)
1962年生まれ。『料理通信』(毎月6日全国書店で発売)編集長。ショコラ好きでボンボン・ショコラに目がない。パッケージ・コレクターでもあり、ジャン=ポール・エヴァンやラ・メゾン・デュ・ショコラの箱は大切に保存している。www.r-tsushin.com

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