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【東京】技術者に「味」がついてきた

2007年06月21日

 都内でもっとも多い、1300人を超えるインド人が暮らす江戸川区。西葛西に、南インド料理を看板にしたレストランが誕生したのは1年前だ。

写真南インド出身の料理人(33)が焼き上げた「ドーサ」。くるりと丸めて盛りつける。「日本のお客さんも一度食べたら好きになってくれる」=江戸川区西葛西で

 「スパイスマジック・カルカッタ南口店」。江戸川インド人会の会長、ジャグモハン・S・チャンドラニさん(54)が、郷里の味を求める声に応えて始めた。

 ここ数年で急に増えた新住民はIT技術者が中心で、その大半は、「インドのシリコンバレー」と呼ばれるバンガロールなど、南部の出身者が占める。

 代表メニューの「ドーサ」は、米と豆をすりつぶした生地を薄く焼き上げたクレープ。パリパリと軽く、口どけがいい。薬味にココナツのチャツネ、「サンバル」というスープ状の豆カレーを添えれば、日本で言えばおにぎり、漬物、みそ汁、といったポピュラーな軽食メニューになる。

 インド料理とひと口にいっても、小麦文化の北に対して、南の主食は米。ドーサや米の蒸しパン「イドゥリ」などの加工品も食卓には欠かせない。

 チャンドラニさんが来日した30年前、インド料理店は都心にまだ数軒だった。タンドーリ釜で焼いた鶏肉やナン、宮廷料理の流れをくむバターやナッツたっぷりのカレー――。そんな北の「ごちそう」が広まり、その後日本でインド料理といえば「タンドリーチキンとナン」が定番となった。

 「北出身の人間でも、毎日では胃が疲れる。まして南の人にとっては『外食』です」。日本人が外国でご飯とみそ汁が恋しいように、彼らはドーサや、米に合うさらりとして酸味の効いたカレーが食べたくなる。

 米国系投資銀行に勤めるベスタ・ムラリ・モーハンさん(31)は、生まれ育ったハイデラバード近郊から東京に移り住んで9年。「最初はずいぶんと食事に苦労しました」と振り返る。ドーサがメニューにある店は銀座に1軒だけ。ほしい食材はインターネットで探して手に入れた。

 だが、南出身者の進出と足並みをそろえるように、オフィス街などで南インド料理店が目に付きだした。「インスタントのドーサで我慢していたのが、いまは近所で何でもまかなえる」とモーハンさん。葛西周辺ではスーパーにも豆やスパイスなどの食材が並ぶ。

 妻と4歳になる娘との3人暮らし。「子どもが大きくなるまで、あと5年は住むつもりです」

 伸びる需要を、アジア各国の料理店を経営する会社が注目。半年前、江東区の東大島駅前にインド食材専門店「ナマステフーズ」をオープンさせた

 米の品ぞろえが売り物で、日本でおそらくここだけという小粒な南インド産米も扱う。現地の企業とオリジナルの南インドカレーのレトルトも作った。上遠野(かどうの)達広店長は「日本人客が入門編として買っていくケースも多い」と話す。

 都市に異文化のコミュニティーができれば、そこから食は広がる。

 チャンドラニさんが「同胞」のための共同キッチンを設けたのが7年ほど前。おいしい香りに気づいた近所の日本人の要望で、ランチを提供するようになったのが「カルカッタ」の1号店だ。「辛いばかりではない、あっさりした料理もあるんだと、驚かれたのを覚えています」

 2号店となった南口店では、新メニューを企画している。総シェフのマノジュ・ディワンさん(36)が考えた「ファミリー・ドーサ」だ。直径1メートル、鉄板いっぱいに大きく焼く。

 「店に集う大勢で食べてもらいたい」

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