食ニュース【石川】人情の味 能登の新酒2008年02月07日 ■設備間借りして完成
能登半島地震で蔵が全壊した輪島市の造り酒屋が、隣町の酒造会社の設備を借りて今季の新酒を完成させた。店の蔵以外で酒を仕込むのは、140年以上続く同店の歴史でも初めて。再建が思うように進まない中、関係者は「多くの方々の協力で例年と変わらない味が出せた」と、ひとまず胸をなでおろした。
■支援の数馬酒造「杜氏の勉強になった」
輪島市鳳至町の中島酒造店は、すでに明治元年には酒造りをしていたとの記録が残る老舗(しにせ)。昨年3月の地震では、4棟あった土蔵の2棟が全壊、2棟が半壊した。昨春、地震の2日前に仕込みを終えていた貯蔵タンクが傾き、原酒の約2割が流失した。 年間の生産量は100石(18キロリットル)程度。一升瓶で1万本ほどだが、「赤色清酒酵母菌」を使った桃色の濁り酒を醸造するなどの工夫を重ね、販路拡大をめざしてしていた矢先だった。 蔵の修理・再建だけでも5000万円はかかる見込みだ。「廃業するのが最も楽な選択肢だった」と中島浩司代表(53)。だが、先祖から受け継いだ家業を絶やせないとの使命感と、自分にしかできない酒を造り続けたいとの思いが消えなかった。 「またおいしい酒を」という常連客の激励と、県の復興基金による支援表明などに後押しされ、6月末に再建を決めた。 半壊の蔵は柱の傾きを元に戻したり壁を塗り直したりして修復。全壊2棟は建て替えることに。3月末に完成する見込みだが、昨年12月の仕込みには間に合わなかった。 支援の手を差しのべたのは、数馬酒造(能登町宇出津)の数馬嘉雄社長(54)だ。酒造組合や能登の地域振興を目指すNPO「能登ネットワーク」などを通じて中島代表と親交が深かった。貯蔵タンクに残っていた原酒は地震直後の昨年3月末までに、車で1時間ほど離れた同社に運んで保管した。 年末の仕込みでも数馬社長から設備や人手を貸してもらい、4キロリットル分の酒造りに着手。例年使っている輪島の仕込み用のわき水と米を持ち込んだ。数馬酒造の杜氏(とうじ)らとともに1月15日には初搾り、25日には瓶詰め作業まで無事に進めた。大吟醸の「能登末廣」など3種類がいつもと変わらぬ味に仕上がった。 数馬社長は「中島さんが造る酒の搾りのタイミングが、うちでつくる酒と違い大変参考になった。震災という災いが転じて、杜氏の勉強にもなった」と話す。 中島代表は、復旧にかかる費用を10年で返済する計画を立てた。返済のためには売り上げアップが至上命題だ。「廃業の方が楽かもしれないが、自分にしか造れない酒を造り続け、多くの人に飲んでもらいたい」と意欲を燃やす。 ◇ 中島酒造店は毎年、市内の酒屋とともに酒造見学を実施しているが、現在蔵が再建中のため、案内できない。代わりに、訪れた人たちに被災の様子を説明しながらこの新酒を試飲してもらう。同社の見学期間は原則2月10日から16日まで。電話予約が必要。希望者は中島酒造店(0768・22・0018)へ。 この記事の関連情報 |