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痴呆 呼ばれるのいやや
 私はアルツハイマーです――語りはじめた人たち(下)


妻と洗濯物をたたむ忠さん
妻と洗濯物をたたむ忠さん。洋服は難しいが、タオルならできる。「できることを、できるだけいっしょに」=京都市の自宅で、南部泰博撮影

 02年8月、千葉県の総合病院。正子さん(73)は痴呆(ちほう)の簡易検査を受けた後、机に向かってペンを走らせる医師の一言を待っていた。

 「やっぱり……ちょっとおかしいですね」

 若い男性医師は顔をあげると、正子さんではなく、隣に付き添っていた娘の由美さん(41)の方に顔を向けて、こう告げた。

 由美さんは「母が無視されたようで悲しかった」と振り返る。

 夫を亡くして1年。食べ物の名前が言えなくなり、料理ができなくなるなど、正子さんの一人暮らしは限界に近づいていた。

 翌週の再検査。おそらくアルツハイマー病でしょう、と告げられ、都内の大学病院を紹介された。「何とか物忘れしない方法はないですか」。診察が終わる間際、正子さんが医師に尋ねた。「治ることはないですね」。あっさりと言われ、会話は途切れた。

 「母は自分ができることを一生懸命探そうとしていた。その思いは受け止めて欲しかった。告知以来、目に力がなくなりました」と由美さん。

 その後、大学病院でアルツハイマー病と確定診断があった。「よくならないんですか」「何か自分でできることは」。通院のたび、正子さんは質問をした。ここでも、医師の言葉や態度は同じだった。

 一人暮らしができなくなった正子さんは、昨年6月から都内のグループホームで暮らしている。ときには娘の顔もわからなくなる。漢字が読めなくなって新聞はだめだが、NHKのニュースは欠かさずにみている。

 「私、マイナス思考にはなっていない。日本だけでなく世界の状況も知りたい。すぐ忘れますけど」と正子さん。物忘れ対策でメモ帳を持ち歩く。

 ホームでの生活に不満はない。ただ、胸に秘めた望みがある。

 「こんな私が言うのもなんだけれど、普通の人と話したい。もっと人と会って、若い人が何を考えているのか知りたい」

◇病名の方がまし

 「痴呆と呼ばれるのはいややね。何もわからん人間みたいで。アルツハイマーの方が、病名やから、まだましやね」

 2年前にアルツハイマー病と診断された忠さん(58)は、その年に退職。京都市の自宅で妻の愛さん(58)、長女の幸子さん(24)と暮らしている。

 「痴呆。字がようないわね。だれが考えはったんやろ」

 福祉施設のボイラーマンだった忠さんは3年前、突然、書類が書けなくなった。字が思い出せず、家で愛さんに代筆してもらった。「駐車禁止」を「駐車林止」と張り紙したこともある。

 朝起きてから寝るまで、家族の介助や見守りが必要だ。洋服をどうやって着たらいいかさえわからない。思うように言葉が出てこず、「何でこんな病気になったんや」と、自分の頭をたたくこともある。

 一方で、仕事から解放された今が「人生で一番幸せ」とも思う。ボイラーマン時代は、機械の調子が悪いと夜中でも呼び出され、24時間働いているようだった。「今は自由や」

 朗らかになり、よく冗談を言うようになった。「夕刊取ってきて」と言われ、「勇敢な人が届けたんかな」。だじゃれの応酬で、食卓に笑いがおきる。「かえって家族の結束が強まった」と、幸子さんは話す。

◇遠慮で言えず

 「アルツハイマーでも普通の人と同じように、人権もあるし、思いがある」という忠さんは、学生時代から反戦・平和運動に関心をもち、障害者やホームレスなどへの支援を続けてきた。「権利」「人権」という言葉は、いつも生活の中に生きていた。

 デイサービスに通うことを勧められるが、行きたくない。高齢者ばかりだし、以前参加したリハビリの会でボランティアの態度にいやな思いをしたからだ。

 「やってやってるっていう感じでね。いややった」。だが、その思いは遠慮して言えなかった。

 「健康で普通に働いてても、権利を主張するのは難しい。まして、病気の人はね」。家族にそう言われ、忠さんは「そやなあ」とうなずいた。=文中仮名

●家族会が患者の思いを初調査

 痴呆の人の思いを尊重するケアや環境とは、何だろうか――。結成24年目を迎えた「呆け老人をかかえる家族の会」(本部・京都市)は今年2月までの4カ月間、痴呆の本人に対する本格的な調査に初めて取り組んだ。

 アルツハイマー病や脳血管性痴呆などと診断された20都府県の56〜100歳の男女30人が対象。自宅やホームを調査員が訪れ、趣旨を説明し、「物忘れで困ったこと」「これからしたいこと」などの項目をもとに、インタビューした。

 聞き取りメモからは、外出中に自分の居場所が突然わからなくなる感覚、グループホーム入居時の戸惑い、地域のつき合いから疎外される憤りなど、本人の率直な心情が伝わってくる。

 同会の高見国生代表は「ぼけた人は何もわからない、家族が察して支える。それが発足当時の意識だった。家族たちは長い年月をかけて『ぼけても心は生きている』という認識にたどりついたが、本人調査で改めて実感できた。痴呆の人と正面から向き合う調査をきっかけに、活動も変わっていくだろう」と話す。

 記事本文の正子さん、忠さんもこの調査に協力している。結果は10月に京都で開かれるアルツハイマー病協会国際会議でも報告される。

 「家族の会」の聞き取りから

◆「薬もらって広い道に来たら真っ白になっちゃってね、道なんか見えないの、家も何も真っ白。落ち着いてなんていられません、夢中であっちこっち歩くからね」(80代女性)

◆「気分が悪いって言ったらいいのかな。またおかしくなるとやだなといつも恐怖感もっているから。不安、頭から離れないです」(60代男性)

◆「主人が少しでも長生きしてもらいたいと思っているんですよ。主人しかあたりちらせる人がおらんから、甘えてるんですよね。前はあんな風じゃなかったけどね、やさしゅうなったとです、主人が」(70代女性)

(2004/08/03)


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