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シリーズ「コミュニケーション」

医師と患者 心の橋を架けるのは

宮崎仁・宮崎医院院長

2008年9月15日

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 「関係ない話はするなって言われちゃってね、ほんとにクヤシイよ」

 診察室に入って来たヨシエさんの顔を見ると、「憤懣(ふんまん)やる方なし」と書いてある。わたしの医院がある愛知県吉良町は、三河湾に面した海辺の町で、温暖な気候を反映してか、住民たちの気質もおっとりしている。いつもは穏やかな老婦人であるヨシエさんが、こんなに激高するなんて珍しいことだ。

 「ボクは循環器が専門だから心臓のことしか診ません、めまいの話は耳鼻科でしてください、だってさ。息子よりも若いセンセイだったけど、ずいぶんと威張っててね」

 ■めまいと動悸、総合病院へ

 昨年、ご主人に先立たれたヨシエさんは、初盆の準備のために家で忙しく立ち働いていたら、急にめまいと動悸(どうき)がひどくなったものだから、息子さん夫婦の手配で、このあたりでは設備が整っているという評判の総合病院へ連れていかれたそうだ。

 「それで、循環器内科、耳鼻科、脳外科と回されて、心電図やらCTやら、検査もいっぱいやって、揚げ句の果てに、どこも悪いところがないから帰りなさいってさ。心配だから薬をくださいって頼んでも、『異常がないから何も出せません』の一点張り。だから、わたしは最初からここの医院で診てもらえばいいって言ったのに、嫁が無理やり車に乗せて……」

 なおも息巻いているヨシエさんを、ナースとふたりでまあまあとなだめながら、わたしは「こりゃ、匿名の共謀だな」とつぶやいた。

 「匿名の共謀って何です? テレビのサスペンスドラマのタイトルみたいですね」

 すかさず突っこんで来たのは、診療所実習のためにわたしの外来診療を見学している医学部5年生のユウジ君だ。

 「ひとりの患者の診療に数人の医師が関係する場合、その誰もが患者の管理に決定的な責任を持たずに、いわゆる『たらいまわし』となる現象のことを、匿名の共謀(Collusion of anonymity)って言うんだ。この言葉の名づけ親であるマイクル・バリント先生は高名な精神科医でありながら、今から50年以上もむかしのロンドンで、一般の開業医たちに心理療法を教育するセミナーを通じて、医師と患者の人間関係について探求した先駆者なんだ」

 ■「治療不要」、誰が決めた?

 「匿名で共謀するというは、どういう意味なんでしょうか?」

 「めまいや動悸という問題を解決してもらいたいヨシエさんという患者に対して、『これ以上の診断や治療は不要なので帰ってもらう』という診療方針を決定したのは誰だと思う?」

 「ええっと……」

 「彼女を診察した各科の医師たちは、自分の担当する臓器を点検してみたけれど、とりあえず故障は見つからなかったと言っているだけで、彼女の問題にそれ以上深くかかわってはいない。つまり、治療や管理は不要という、彼女にとって重大な方針を決めた医者が『誰だかわからない』、あるいは『誰でもない』ということになるよね。だから匿名の共謀って名前がついているのさ。ちょっとヨシエさんに聞いてみよう」

 「ヨシエさん、どこも悪くないから今日は帰りなさいとか、薬は出ませんと言ったのは、何科のお医者さんでしたか?」

 「いえいえ、お医者さんではなくって、最後にたどり着いた受付の看護師です。それがまた、感じの悪い言いかたでねぇ……」

 「はいはい、よくわかりました。ほらねユウジ君、だから匿名なんだよ」

 「ぼくには何だか無責任な話のように聞こえますが」

 「残念ながら、臓器別に診療科が細分化されている現代の病院の中では、しょっちゅう起こっていることなんだ。特にうつや不安なんかのメンタルな問題が原因となってあらわれる身体の症状では、精密な診察や検査をしても異常が見つからないので、この匿名の共謀という罠(わな)に陥りやすく、患者さんの体と心は傷つけられることになる」

 ■ヒトとして見る

 「匿名の共謀を避けるには、どうしたら良いのでしょう?」

 「答える前にこちらから質問するけど、ユウジ君は患者さんをヒトとして見ていますか、それともモノとして見ていますか?」

 「ヒトとして見ている、と思いますが」

 「ところが、匿名の共謀にかかわっている医師たちは、患者さんのことをヒトとして見ないで、モノとして見ているのが実態なんだ。ろくに話も聞かずに、『故障はないんだから、つべこべ言うな』という態度は、ヒトではなくモノを扱うときのものだよね。自分がモノとして邪険に扱われていることに気づいた患者さんは深く傷つく。反対に、ヒトとして尊重されていると実感できれば」

 「それだけで満足して、症状が良くなっちゃうかもしれませんね」

 「うん、そのとおりだ。匿名の共謀を避けるには、ひとりの患者さんにかかわるすべての医者が、相手をモノではなくヒトとして思いやることが必要になる。そうすれば、おのずと責任のある診療や連携が生まれる。

 われわれ開業医は、かかりつけである患者さんの人柄や背景を熟知しているから、患者さんとの間に良い人間関係を築くことにかけては、病院の先生たちよりもずっと有利な立場にある。だから、患者さんを匿名の共謀から守るゲートキーパー役としては適任なんだ。それじゃ、あちらの面談室で、ヨシエさんのお話をじっくりと聞いて、カルテにまとめてきてください」

 「わかりました! 相手を思いやる心のあり方が大事だなんて、まるで恋愛と同じじゃないですか」と言いながら、ユウジ君はちょっと緊張のまじった笑顔でヨシエさんをエスコートして診察室を出ていった。

     ◇

 宮崎 仁(みやざき ひとし) 1986年、藤田保健衛生大学医学部卒。同年、聖路加国際病院内科レジデント。1989年から、藤田保健衛生大学血液・化学療法科で、白血病を中心とする造血器腫瘍の臨床に従事。2002年に宮崎医院(愛知県吉良町)院長となり、プライマリケア、家庭医療学を実践するかたわら、「感情労働としての医業」や「医師のプロフェッショナリズム」に関する研究にも関わっている。著書に『もっと知りたい白血病治療』(医学書院)。

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 病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
 このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。原則として毎週月曜に新しいエッセーを掲載します。最初のテーマは「コミュニケーション」。医療者と患者側が心を通わせる道を、体験を通して考えます。ご意見、ご感想をお待ちしています。

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