シリーズ「がん」
関原健夫・日本対がん協会常務理事
(関原健夫さん提供)
がんの闘病には主治医との信頼関係が不可欠だ。信頼関係の基本は主治医との良きコミュニケーションであるが、日本ではこれが簡単ではない。私ががん闘病で出会った、日米5人の医師たちとのお話をしよう。
私は1984年、39歳の時、勤務中のニューヨークで大腸がんの宣告を受け、米国人医師により手術を受けた。年若く、異国での入院・がん手術のため、不安感・恐怖心一杯だった私の気持ちを和らげてくれたのは米国人執刀医ドクター・スワンの一言、「関原さん、言葉の問題は大変でしょうが、疑問や質問があれば何でも聞いて下さい。質問は患者の権利ですから」だった。そして病状や手術の説明の後、「何か質問はありませんか?」と質問を促してくれた。私の稚拙な英語での質問に対しても、分かりやすい英語でフランクに答えてくれた。
■患者の権利
以来四半世紀、「質問は患者の権利」が私の医師とのコミュニケーションの原点となった。帰国して国立がんセンターで5回のがん転移手術を受けたが、いつもアメリカ流に先生や看護師に積極的に質問し、彼らもいつもストレートに答えてくれた。
2年後の86年、肝臓転移を告げられた。当時、転移性肝臓がんの手術は始まったばかりで、まだ「肝転移すれば万事休す」といわれた時代だった。執刀医の肝臓外科の幕内雅敏先生(現・日赤医療センター院長)に「血の塊のような肝臓を切り開いてがんを切除するなんて本当にできるのですか? 実験台ではないでしょうね?」と質問した。すると先生から「関原さん、大丈夫です。手術でがんは完全に切除できます」と自信に満ちた、明快な答えが返ってきた。「万事休すでなくて良かった、とにかく治療ができるのだ」と絶望から抜け出せた。医師の自信に満ちた説明や言葉はうれしかった。
さらに2年後の88年、2回目の肝臓転移手術からわずか2カ月、仕事に戻って1か月目に主治医の大腸外科・森谷宜皓先生(現・国立がんセンター中央病院特殊病棟部長)から肺転移が告げられた。「関原さん、お辛いことはお察ししますが、こんなことで負ける関原さんとは思っていません。がんばって手術をお願いします」と、熟慮された末の、患者の心に訴える告知で、質問することもなく手術を受け入れた。
執刀医の呼吸器外科の土屋了介先生(現・国立がんセンター中央病院長)から「関原さん、4回目の手術で大変でしょうが、手術出来るのはラッキーと思って下さい」と言われた。「先生、手術しないで済むならラッキーですが、4回も手術せざるを得ず、何がラッキーなのですか」と反論すると、先生は「がんは転移したり、再発したりすると、治療ができないケースが多いのです。関原さんは例外です。転移性肺がんの手術は肝臓と異なり簡単です。術後一週間で退院できます」と冷静に話され、私は安心して手術に臨んだ。
後日、何回かがんセンターの先生方に「私はうるさい患者だったでしょうね」とおわびした。先生方から「あなたは扱いやすい患者でした。医者の言うことを良く理解し、スムーズな対話が出来ました。医師も生身の人間、患者が真剣な必死な姿勢で臨めば、医師も必死に対応しますよ」と言われ、安心した。
■「医療の主体」
医師と患者のフランクなコミュニケーションは医療の原点だ。どうすれば主治医との対話がうまく行くだろうか? まず患者が「闘病するのは患者自身であること」を心に刻み、医師任せにしない主体的患者になること、すなわち患者が病や治療に対する疑問や質問、辛い気持ちを医師に率直にぶつけることだ。
一方、医師も患者を対等の人間として向き合い、患者が希望を持って闘病に立ち向かえるよう時間をかけて、分かりやすい言葉で説明することだ。
アメリカ病院協会には1973年に起草された「患者の権利章典」がある。第一章は「患者は思いやりのある人格を尊重したケアを受ける権利がある」、第二章は「患者は自分の診断・治療・予後について、自分に十分理解できる言葉で伝えられる権利がある」と記し、「医療の主体は患者」であることが明記されている。
一方、日本では医師と患者は対等でなく常に医者優位、診療してやっているという態度の医者もいまだ少なくなく、患者も医師は特別の権威者で、質問し難く、不平・不満はすべての患者に共通する。とは言え日本の患者が「あたたかい医療」、すなわち患者主体の良い医療、良い医師を求めるにはそれに見合うコストを払う必要がある。米国の医療が優れている点はたくさんあるが、それらは極端に高い医療費が前提で、良い医療に見放された無保険者が6千万人もいるのが現実だ。
■仕事の勧め
5人目は、最初にニューヨークで大腸がんを発見してくれた内視鏡の権威、新谷弘実先生との対話だ。米国人執刀医から「あなたのがんはリンパ節に多くの転移が見つかり再発リスクは高く、5年生存率は20%」と告げられ、仕事を続けるべきか大いに悩み、先生に相談した。
先生は「がんを摘出した以上、仕事はこれまで通りで大丈夫です。がんは安静にしていれば再発しない病ではありません。大切なことは仕事を続け、余暇も楽しみ、心身ともに充実した生活をキープすることです。日本では大病すると1〜2年閑職で過ごすことも多いようですが、それは間違いです」と強く仕事の継続を勧められた。先生は安静に生活していても再発リスクが高いだけに不安が募るだけ、仕事に打ち込み燃焼する方が余程落ち着くと考えられたようだ。先生の治療・医療を越えたアドバイスはビジネスマン患者の私の大きな支えとなった。
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関原健夫(せきはら・たけお) 日本対がん協会常務理事、厚生労働省「がん対策推進協議会」委員。1945年、中国・北京生まれ。69年に京都大学法学部卒業。日本興業銀行総合企画部長、みずほ信託銀行副社長などを経て、04年に日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー社長。84年に大腸がんを発病後、転移性肝臓がんや転移性肺がんなどで手術を受ける。01年に闘病記「がん六回 人生全快」(朝日新聞社)を出版。
病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。第一シリーズ「コミュニケーション」、第二シリーズ「感染症」に続く第三シリーズのテーマは「がん」です。日本人の3人に1人はがんで亡くなると言われます。がんと闘う医療者やがんと向き合う患者がエッセーをつなぎます。原則として毎週金曜に新しいエッセーを掲載します。ご意見、ご感想をお待ちしています。