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シリーズ「がん」

多様な特性、すべて包める体制づくりを

垣添忠生・国立がんセンター名誉総長

2009年5月15日

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 あらゆる病気がそうだが、がんはとりわけ患者さん・家族と医療従事者、特に医師との関係性が重要である。患者さんと医師との関係に絞り込んでも、実に多様な人間関係の相克がある。

 まず、がんという病気自体が多様性に満ちている。早期がんと進行がんといった病期の面から考えても、病理学的な特性から考えても、病名は同じながら、まるで別な疾患に思えることが多い。

■がんの特性

 病期について考えてみると、早期がんであれば、胃がんであれ、大腸がんであれ、乳がんにしろ、膀胱(ぼうこう)がんにしろ、わずか数日の入院で完治することが多い。時には、入院すら必要としない。治療期間が短いだけでなく、治療内容も患者さんにとって負担が少なくてすむ。肉体的にも経済的にも精神的にも。大腸ポリープの大きなものが見つかって、その場で内視鏡切除をしたら、外来で治療は完結する。後に病理検査により、ポリープの一部にがんがあったことが分かる場合が多い。

 がんは身体の中にいつ発生したか分からないうちに発生し、徐々に進展する。このいまだ無症状の時期に検診で介入し、治してしまうことの意義は、従ってとりわけ大きい。

 他方、進行がんとなると、患者さん・家族の精神的苦悩、肉体的苦痛は大きく、しかも結果は保障されない。経済的負担も大きい。このように、早期がんと進行がんでは同じがんでも天地の違いがある。

 病理学的な特性について考えてみよう。胃がんの特殊型であるスキルス胃がん(硬がん)を例にとると、他の胃がんに比して早期発見も難しく、治療成績も格段に悪い。また、前立腺がんの一部には病理学的にはがんだが、一生放置しておいても、つまり経過観察だけですむようなおとなしいがんがあるかと思うと、リンパ節転移や骨転移を伴い、急速に進行する前立腺がんもある。これらは恐らく遺伝子異常の組み合わせが異なるのであろうが、臨床像、治療経過ともに、まるで別種のがんを見るようだ。

■人間の多様性

 一方、がんにかかる人、人間もまた実に多様性に富んだ存在であり、そのことを抜きにしてはがん医療は成立しないとさえ思える。

 早期がんなのに、がんという言葉を聞いただけで失神してしまう人がいるかと思うと、多発性転移を伴う進行がんと聞いても、顔色一つ変えず、選びうる最良の化学療法を淡々と受ける人もいる。

 いつも左耳で受話器を聞いていた人が、ふと気がつくと最近、右耳で受話器の声を聞いている。「はて、左耳の聴力が落ちたのかな?」と思い、病院を受診して左聴神経腫瘍(しゅよう)の初期病変を発見した人もいる。自分の体調異常にこんなに敏感な人がいるかと思うと、その対極に、ひどく病状が進むまで放置している人もいる。実は、その人も自分で身体の異常に以前から気がついていたのに、「病院を受診するのが恥ずかしい」、とか、「もしかして悪い病気だったら」とかいった躊躇(ちゅうちょ)と不安で1日延ばしにして数カ月遅れてしまった、という。進行の早いがんの場合の数カ月は時に致命的となろう。幸いにこの患者さんは化学療法と手術の組み合わせで救命できたが、その救命には患者さんはもちろん、医療従事者も大変な思いをした。結果が良かったとはいえ、この違いは、あまりにも大きい。

 自らの職業的達成を優先させて、治療として最小限のものを選択した患者さんもいる。「性機能を失ったら、自分の芸術的感性が失われてしまう」、として手術を拒否した患者さん、「声を失ったら、私は存立基盤を失ってしまう」とする患者さん……。個々の病態に対して医学的に最良の選択肢があっても、上に述べたような様々な事情から、必ずしも最良の選択をしない人もいる。

 医療体制の不備から、最善の治療を提示されなかった患者さんもあろう。高齢であるからといって、その肉体的状況とは無関係にまともな治療を受けることができない人もいる。

■患者と医師の望ましい関係

 このように、がんという病気も多様だが、がんにかかる人、人間も実に多様である。医療は、こうした人間の強さ、弱さ、病態、すべてを包摂して存在するのだと思う。そこで、冒頭に記した、患者さんと医師の関係性に再び話が戻ってくる。

 患者さんは、自分のがんの病態を詳しく知った上で、思いの丈を医師にぶつけ、相談するのが良いだろう。医師は、特に若い医師は、がん患者さんが一般に自分より高齢で、がんであることを除けば、人生経験豊かな、人生の先輩であることを忘れてはならない。そして、人間の多様性を乗り越えて、最善のがん医療を提供するためには、常日頃、自らの人間力を鍛える努力をおろそかにしないことが大切だと思う。学問的に一流で、しかも懐の深い医師、人情を解する医師になるためには多大な努力を要する。

 その上で、現在の医療体制、特にがん医療に携わる医師の多忙さを考えると、体制上の整備が必須である。医師の個人的努力、善意の限界を超える状況で医師を働かせ続けてはならない。そうした診療体制が整ったとき、真の意味で、がん患者さんと医師の望ましい関係性が再構築されるのだと思う。

     ◇

垣添忠生(かきぞえ・ただお) 国立がんセンター名誉総長、日本対がん協会会長。1941年生まれ。東京大学医学部卒。国立がんセンター病院手術部長、中央病院長を経て、02年同センター総長。07年から同センター名誉総長。専門は泌尿器科学。現在、厚生労働省がん対策推進協議会会長などの役職を務め、がん対策充実のため先頭に立つ。

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 病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
 このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。第一シリーズ「コミュニケーション」、第二シリーズ「感染症」に続く第三シリーズのテーマは「がん」です。日本人の3人に1人はがんで亡くなると言われます。がんと闘う医療者やがんと向き合う患者がエッセーをつなぎます。原則として毎週金曜に新しいエッセーを掲載します。ご意見、ご感想をお待ちしています。

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