| いのちと向き合う 〜世界市民フォーラムin福岡〜 |
2012年10月27日付 朝日新聞西部本社朝刊から
| 「いのちと向き合う〜生と死と輝きと」というテーマのシンポジウム(関西学院大学主催、朝日新聞社後援)が10月8日、福岡市で開かれた。死生学という科目をもつ関西学院大学が、2014年に学院創立125周年を迎えるにあたって行う記念事業の一つ。実際に死と向き合った体験を持つ人たちが、人が生きていくうえで大切なこと、苦しんでいる人にどう寄り添ったらいいのか、などを語り合った。 |
| 基調講演 |
| 奥田知志さん |
| NPO法人・北九州ホームレス支援機構理事長 |
おくだ・ともし 日本バプテスト連盟東八幡キリスト教会牧師、NPO法人北九州ホームレス支援機構理事長、NPO法人ホームレス支援全国ネットワーク理事長。1963年生まれ。大阪市・釜ケ崎で困窮者の支援に取り組み、その後北九州の支援活動に参加。孤独死や社会保障制度などの問題に取り組み、「絆」や「いのち」をテーマにした著書多数。
自立を支援するグランドデザインの一つに私たちは「死を共有する」ことを挙げています。支援するのになぜ「死」なのか。ホームレス支援は「無縁性との闘い」だからです。畳の上で死にたいといっていた人に部屋を用意すると「だれが最期をみとってくれるのか」と言う。モノの問題でなく人の問題です。この人に何が必要か、ではなく誰が必要か。自立が継続するためにはそれを考えなければいけない。
人には経済的、身体的な困窮とは別に関係的困窮がある。以前テレビに出たとき、会場から「金の切れ目は縁の切れ目」といわれた。でも縁の切れ目が金の切れ目でもある。ホームレスになった人に原因を聞くと失業もあるけれど離婚や親の死、子どもが出て行くなどで家族を失った人が多い。人に生きる意味を持たせるのは他者なのです。無縁社会は他者を奪っただけでなく自己喪失をもたらした。
大震災後に「絆」の大切さが語られました。私はそれに懐疑的です。麗しすぎる、美しすぎるからです。人がつながるのはそう簡単ではない。たとえば匿名の寄付はいいことかもしれないが、匿名ですることで人はつながりを拒否しているのではないか。直接会って何かをプレゼントしたら、もっと要求されるかもしれないし、突き返されるかもしれない。でも、人のつながりとはそういうもの。知り合った人が苦しんでいればつらい思いをする。死んだと聞けば罪の意識を感じる。それが大事なのです。
きずなには「きず」が含まれています。「きず」から始まる。社会は、人が健全に傷ついていくものではないでしょうか。
| パネルディスカッション | |||||
| ◆パネリスト | |||||
| 奥田知志さん | NPO法人・北九州ホームレス支援機構理事長 | ||||
| ルース・M・グルーベルさん | 関西学院院長 | ||||
| 藤井美和さん | 関西学院大学人間福祉学部教授 | ||||
| ◆コーディネーター | |||||
| 上野創 | 朝日新聞東京本社次長 | ||||
| 生きるための死生学 |
| 母を失って学んだ(グルーベル) |
| 自分の価値悩んだ(上野) |
| 受容され生きる自信(藤井) |
| 役割の議論それから(奥田) |
Ruth M. Grubel 関西学院大学社会学部教授(宣教師)。1950年米国生まれ。2歳から高校卒業までを日本で過ごしたのち、ネブラスカ大学リンカーン校政治学大学院修了。96年に再来日し、2007年に第15代関西学院院長に就任した。
ふじい・みわ 1959年生まれ。就職したものの神経難病を発症したのを機に「ターミナルケアを学ぼう」と関西学院大学に学士編入学、94年米国の大学院に留学し99年博士号取得。関西学院大学では死生学、デス・エデュケーションの科目を担当。
うえの・はじめ 1971年生まれ。社会部で教育や災害報道などを担当し、現在は販売局次長。26歳で精巣腫瘍(しゅよう)と診断され、体験を「がんと向き合って」にまとめた。2010年にはがん患者や家族を取材した「ニッポン人脈記『がん その先へ』」を執筆した。
上野(コーディネーター) 私は26歳でがんが相当進んだ状態で見つかり、なぜ生きているのか、何で死にたくないのかなどを考えました。お二人の体験もお話し下さい。
藤井 25年前、全身まひで死に直面しました。病気のつらさもさることながら「自分が何のために生まれてきたのか」、意味を見いだせない苦しみにとらわれました。
グルーベル 8歳で母を病気で失いました。そのつらさは誰にも味わってもらいたくないですが、学んだこともあります。人は同じような経験を持つことで共感したり、絆を感じたりしますね。
上野 死生学とはどのようなものですか。
藤井 あと半年のいのちと言われたときに、生きることの重みが何倍にもなります。死を含めて生きることを考える学問、私はそう定義しています。哲学や宗教、医学や社会学など広くかかわる学際的な学問です。死生学で重要なのは、死や命をどの立場から発信しているか、ということです。三人称で受け止める死から、愛する人など二人称の死、自分の存在を考える一人称の死。
授業では死を疑似体験させます。学生に大切なものを書かせて、死に向かっているという前提で少しずつ捨てさせます。学生からは「死に向き合うことはあきらめること。そしてありのままの自分と自分を取り囲むすべての人を受け入れることだ」「私は今死ぬわけにはいかない。自分自身で大切なものをみつけ、それを持って死にたい」といった感想が寄せられました。
上野 若い人も死生学に関心を持つのですね。
藤井 人が生まれ、死ぬことについて考えてみたい、と思っているけどきっかけがなかったという若い人は多かった。
上野 若い人とどうかかわっていますか。
奥田 リーマン・ショック以降、若い野宿者にも多く会います。親がいる人もいます。でも「こんな格好では帰れない」という。貧困は経済的な問題だけでない。ロスジェネ以降の世代もいて、彼らの中には強い承認欲求みたいなものがある。価値観は古くて、アイデンティティーを示すために肩書が欲しい。でも職業にしても非正規などが増えている。価値観とか社会の枠組みとか、ものの見方を変更しないと。
上野 学生のものの見方はどうでしょう。
グルーベル 国際交流で学生を途上国支援に引率したり、現地の貧困の人たちに家を建てる運動に参加したりしたのですが、学生たちは最初「困窮者を助けにいく」という姿勢でいます。それが、たとえばフィリピンの貧しいコミュニティーで歌ったりゲームをしたり、家族間の喜びに出会ったりすると大きなインパクトを受けます。死に出会うことも、異文化に接するのと同様に自分の命を考えるきっかけになる。
上野 がんになったとき、自分に何の価値があるのかと感じたし、どうせ死ぬのになぜ生きていくのかと考えました。
藤井 全身まひで半年動けず、一生寝たきりかもと言われまして、私も何のために生きるのかと思いました。でも母はそんな私を見舞いにいつもニコニコやってくる。売店でお菓子買って、一人でぱくぱく食べて手を振って帰って行く。あまり気楽に見えたらしくナースステーションの人が「どんな状態か分かっていますか」と聞いたら、母は「私はこの子に会うのがうれしくて来ている」と答えたそうです。なにができるから立派だとか、何が出来ないからダメだというのでなくて、受け入れられることによって、「生きていていいのだ」と思えました。
奥田 完全な受容というか、ちゃんと引き受けると宣言してから相互性の議論にいくべきだと思います。これまでかかわったおやっさんで、お酒で事件起こして捕まっちゃった人がいる。裁判長は「お酒の問題を解決したら支援機構が引き受けると記録に残す」という。私は「引き受けるからもうそんなに飲まないでといいたいんです」と申し上げた。受容し、そのうえで相互に役割がある可能性を残すことが大事です。ずっとありがとうと言わされると元気が出ない。
震災の支援に蛤(はまぐり)浜というところに行って、漁師さんに「この2、3カ月もらいもので生きてきた。ありがたかったけど重かった」って言われた。こりゃあかんと思って提案しました。私たちがカキの養殖を復興させたら路上で苦しんでいる人たちを雇って欲しいと。
上野 自己責任論というのがありますね。ホームレスを甘やかすなとか。
奥田 自己責任は重んじています。でも野宿のおじさんがハローワークに行っても雇う会社はないでしょう。お風呂に入れて家を確保してごはんも食べさせて、これでも働かなかったらあなたの責任、というのが自己責任と社会の健全な関係性なんです。他人の自己責任を語ることは「自分は何もしなくていい」という理屈になります。
藤井 命に関する自己決定も、自殺や安楽死は自分で決めたことだからそれでいいという。でもそう決めさせるための圧力が働いているのならば、社会の押しつけではないでしょうか。
他者とのかかわりについていいますと、学生たちは震災の支援に、何かできると思って行く。最初は喜んでもらってもだんだん当たり前になって、失敗すると叱られもする。そこで苦しむ。その山を越えて、「許されて、ここに来ている」と分かると、自分のやるべきことを喜んでやるようになる。助けているつもりで助けられている、助けられているのが実は助けている、それが出会いの本質かなというふうに思います。
グルーベル 死ぬことも生きることも、輝くことも一人では出来ないと感じました。近くの人だけでなく、世界に生きる人にお世話になっていることを感じていきたい。
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| いのちを考える市民らで埋まった会場=8日、福岡市、森下東樹撮影 |