関節リウマチで両ひざの関節を手術した福島県須賀川市の半谷(はんがい)ひろみさん(63)。ひざの痛みはなくなったものの、手や足首、肩、ひじなどほかの関節の症状は残った。いつも体のどこかが痛い状態だった。
1999年に認可された抗リウマチ薬メトトレキサートや痛み止めなどを組み合わせて治療を続けていた。最初のうちは効いても、多くは数年で効かなくなった。炎症の程度を示す数値も、上がったり下がったりを繰り返した。
福島県立医大を退職して近所に開業した西間木友衛医師(65)のもとで、炎症を引き起こす白血球を取り除く「白血球除去療法」も受けた。腕から血液を取り出し、悪さをする成分を除いて戻すものだ。
内緒で、テレビや雑誌、友人から情報を得た治療法も試した。「痛くてつらいとき、いいと言われるものは何でもすがりたい気持ちになった」
しかし、ビワの葉をおろして小麦粉で練り、痛いひざにはったときはかぶれてしまい、西間木さんのところに駆け込んだ。
2004年に痛みは股関節に及んだ。食欲もなくなり体重が激減、起き上がれなくなった。近くの総合病院で左側を人工関節に置き換える手術を受け、やっと出歩けるようになった。
しかし、退院して数カ月後、同居していた義理の母アイさんが脳出血で倒れた。
アイさんも早く親を亡くし、似た境遇の自分を「ひろみちゃん」と呼び、娘のようにかわいがってくれた。伸俊さん(65)と結婚するときも、「体の弱い嫁」という心配のある中で、「そんなことは大したことじゃない」と味方になってくれた。
「ふきんの絞り方で体の調子がわかるよ」と笑い、いつも体調をさりげなく気にかけていてくれた。
そんな優しいアイさんの病室に通う日々が続いたが、退院することなく、06年に88歳で亡くなった。同じころ、義父の一三(かずみ)さんの認知症も進んでいた。どんどん子どものようになっていく様子をみているのは切なかった。妻を追うように2年後、98歳で亡くなった。
両親の介護に奮闘する中、半谷さんの症状は、新薬の登場によって大きく変化していた。
※ 「患者を生きる」は、2006年春から朝日新聞生活面で連載している好評企画です。病気の患者さんやご家族の思いを描き、多くの共感を集めてきました。
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