ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ >  健康 > メディカル朝日コラム > 記事 記事
医局の窓の向こう側   

講演のコツ

2006年12月18日

イラスト

イラスト・木村りょうこ

 秋は学会のシーズンである。この時期は出張希望をどうやりくりするかで、医局内がざわめく。専門がみな同じ医局内だから、行きたい学会は当然重なる。だからといって、病院の日常業務に支障を来すわけにはいかない。お互いにお留守番をしてカバーし合えるようにスケジュールを必死で調整する。「あの特別講演はぜひ聞きたいから外来、代わってくださいよ」「いやいや、それはぼくも聞きたいから」「そんな、先生、来年は代わってやるって言ったじゃないですか」というつばぜり合いが、医局のそこかしこで見られるのだ。

 今回私は演題発表があるから優先的に学会に行けるはず。ふふんと含み笑いをしながら、横目でスケジュールを見ると、自分の発表時間、発表日だけ出席してとんぼ返り。聴きたい演題もシンポジウムも特別講演も聴けずじまいというスケジュールしか組めないことに、人を笑った罰かとがっくり。知識をアップデートしたいけれど、それもできないんじゃあ学会出張の意味はないのに。

 最近の学会の流行は、お昼の時間を使ってのランチョンセミナー。このセミナーはその道のトップ研究者がトピックスを講演することが多い。1時間程度で知識をアップデートできるうえに、昼食まで出してくれるのでとても良い。学会期間中は必ずどれかのランチョンに出席することにしているし(勉強のためですよ、勉強の。断じて弁当のためではない)、最近では聴きたいランチョンが重なったりして選ぶのに苦労するくらいだ。良い演者の講演は感動すらすることがある。

 そう、講演といえば、口の回りの良しあしで講演全体の印象が大きく変わってくる。しかし、発音しにくい医学用語を並べたてなければならない時がある。しかも、大勢の人の前でしゃべるとなると、緊張も手伝って普段なら何でもないことが言えなくなるのだ。

 そんな講演での言い間違いで、ほほーと感心したこと。演者は「骨粗鬆症」と言いたかったはず。正面スライドには大きく「骨粗鬆症」と映し出されている。しかし、「こつしょしょうしょうでは…」と発音。すぐに言い間違いに気付き、落ち着いて訂正。「失礼しました。こつちょしょうしょうでは…」。再度の言い間違い。そのまま黙りこんで、「え、えっへん!」と咳払い1回。大きく息を吸い直して「こつきょしょうしょうでは…」。しかもはっきり発音するために、マイクがいらないぐらいの大きな声で。会場の雰囲気は一気に笑いかみ殺しになった。今まで落ち着いていた顔に焦りの色が浮かぶ。訂正しようとすればするほど、その言い間違いの度合いが増してくる。「ダメだ、舞い上がっちゃ。聴衆は分かっているから、そのまま流して次にいけばいいんだ」と心の中でエールを送るのだが、うまく言えない演者はそのまま黙りこくってしまった。実際の時間にしたら10秒くらいのものだったのだが、ずいぶん長く感じられた。どうなってしまうんだ。ひとごとながら心配した。

 しかし、演者は演台の上のレーザーポインターを手に取ると、ポインターの赤ライトが付くのを手元で確認し、意を決したようにスライド上の骨粗鬆症の文字をぐるぐると指し示した。何と「えー、この疾患では…」と「こつそしょうしょう」と発音すること自体を回避する方策に出たのだ。うまい!さすが講演慣れしている。この程度の失敗、ちゃんとリカバーだ!しかし、テーマは骨粗鬆症に関するもの。その後も否応なく、「骨粗鬆症」という単語を発音せねばならない。聴衆もその単語が発せられるであろう場面になるとドキドキしながら聴いている。

 もう講演内容よりも、演者がちゃんと発音できるかどうかに注意が集まっているような感じだ。その奇妙な緊張感は演者にも伝わる。今度こそちゃんと発音しようと力が入り、「きょつきょしょうしょう」「こつちょちょうちょう」とすべて言い間違えていた。しかも意識するあまり、必要以上に「骨粗鬆症」という単語を連発しているようにも見える。

 ああ、何て緊張した講演会。しかし、最後に演者はおっしゃった。「骨が故障するから骨故障症(こつこしょうしょう)ということで」。会場は拍手喝采。しかも終わってみれば、皆さんものすごくよく講演を聴いていたのだ。何せ、演者がいつ「骨粗鬆症」と発音するか、次は何とリカバーするかと、それはそれは集中して聴いていたのだ。そして最後は見事だった。ふむ、言い間違いも悪くない。

 普段、頻繁に読んだり書いたり、使ったりしている単語でも、いざ、使い慣れない(!)標準語や丁寧語を交えてたくさんの人の前で話そうと壇上に立てば、こんな事態も生まれる。講演が上手な先生というのはやはりすごい先生なのだ。あれ?来週は私も学会で発表じゃないか!原稿読み上げの練習をしておかなくっちゃ。


筆者プロフィール

真田 歩(さなだ・あゆむ)

 医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
 心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。


健康・企画特集





朝日新聞サービス

ここから広告です
広告終わり
∧このページのトップに戻る
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。 Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.