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医局の窓の向こう側   


講演旅行2

2007年05月14日

 講演旅行の電車の中でコンピュータとにらめっこしてスライド組みをしたおかげで、食したお弁当を全部もとのお弁当袋に返却した私。青白い顔をして駅のホームに降り立った。

イラストイラスト・木村りょうこ

 「ここから30分くらいお車で移動なんですが…」「ずびばぜん。ぢょっどごごでぎゅうげいを(すみません、ちょっとここで休憩を)」そのまま駅ホームのベンチに腰掛けて休憩を取らせてもらった。

 この駅に一緒に降りた乗客は少なく、コンクリートの隙間にペンペン草の生えたホームからは遠くに海が見える。のどかだ。今回招聘してくれたU君はこんなまちの出身だったんだ。都会の基幹病院部長として部下を教育し、地域の専門家として名声を馳せていた姿が浮かんだ。学生時代ラグビー部で、厚い胸板でいつもビシっとスーツを着ていたかっこいい同級生。

 タクシーは海沿いの国道を結構な速度で走る。「田舎で車の30分ってのは都会じゃ考えられない距離ですね。車がないと生活できないなぁ」新人アテンド君が窓の外を見ながら言う。「だいたいさぁ、すれ違う車が軽トラばっかり」都会育ちのアテンド君はある種の侮蔑を込めて言う。ジャリジャリジャリ…。舗装をしていない空き地(駐車場?)に車が入る。

 「こっちこっち!」どこのおっさんが手を振っているのかと思った。ちょっとU先生! あの一分の隙もないスーツ姿はどこに行っちゃったのか。その長靴は何? 一瞬言葉を失う、が、しかし「わざわざお出迎えありがとー」とにこやかに対応。「元気そうじゃん? 先月の対談記事見たよ。おまえ、研究がんばってんな」「いやぁ。細々と」「あわび取ってきてやったぞ!」いきなりあわびを鼻先に出される。うぐぐ。やっと吐き気が治まったばかりだというのに。

 会場にはたくさんの人が集まっていた。都会の医師会講演会(区ごとに医師会があったりする)などは本当に少ない時があるけれど、今回はざっと見ても50人は来ている。コメディカル※も一緒だからだろうけど、随分な熱心さだ。

 「では、本日の講演を始めます。本日の講師は真田歩先生。先生は…」U先生が座長となって司会進行。恒例の演者紹介から始まった。「…という真田先生ですが、実は僕の大学時代の同級生であります。学生時代は実にまじめにノートを取っていて、僕はそれをコピーさせてもらうことで学生時代を乗り切りました。いわば僕が医者になることを支えてくれた恩人でもあります。きちんと整理されたノートが今でも目に焼き付いています。そのまじめさは今日でも研究分野に生かされていると思います。今日はそんな最新の研究成果を…」U先生はユーモアを交えつつ、上手に紹介くださった。私も講演がんばらなくっちゃ(今更どうもできないけど)。

 研究の歴史的経緯を踏まえつつ、概念の変遷、最新の考え方、それに基づいた治療、今後の期待などを1時間で講演した。ゲロゲロ戻しながら組み替えたスライドはそのかいあって評判も良く、皆様に「大変よく分かった」とお褒めをいただく。しゃべりだすと先ほどの吐き気もなんのその。オーディエンスの熱心さにこちらも舌が回る回る。質疑は活発で、最新の治療を実践しようという意欲が感じられる。医師の立場から、コメディカルの立場から、どのように疾患にかかわっていくべきか提言などもなされた。大変なレベルの高さ。すばらしい!

 「かんぱ〜い!! すごいねぇ! U先生! ハイレベルな講演会になったね」講演会終了後のU先生主催の懇親会でビールのグラスを合わせながら言う。「U先生がいらっしゃってから医師会講演会のレベルが格段に上がりました」。会に参加したおじいちゃん先生がおっしゃる。「田舎だと思ってバカにしてただろ。俺がいる限りここの医療レベルは落とさせん!」勤務医時代と同じパワーでU先生が笑う。「また呼んでやるからさ。きっちりデータ出しとけ、真田!」相変わらずの強引さ。

 今夜はじっくり旧交を温めることにする。

※コメディカル:医師以外の医療従事者。看護師や薬剤師など。

筆者プロフィール

真田 歩(さなだ・あゆむ)
 医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
 心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。

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