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医局の窓の向こう側   


燃え尽きる?2

2007年07月16日

 院長が自販機にコインを入れる。

イラストイラスト:木村りょうこ

 「君たちは、まだまだ大丈夫みたいだねぇ」。がっこんと落ちてくる缶ジュースの音が廊下に響く。M先生はスチャッとすばやくしゃがみ込むと、飲み物を取り出してお渡しした。(M君!そんなご機嫌取りを!!なんだそのホストばりの腰使いはぁ!)

 「いやいや、君たちにご不満があるのは分かるんだけどね……」。プシッとプルトップを引く院長。真田がすかさず両手をうやうやしく差し出す。プルトップはポトリと私の手のひらに落とされた(うう、なんで手が出ちゃうんだ?私!)。

 「で、本当のところ、何が一番の問題なの?」ぐびりと缶コーヒーを一口飲んだ院長が直立不動の私たちに向き直る。

 「一番不満なのは……」M先生が口を開いた。(行け!M!!「一番不満なのは院長のやり方です!」くらいガツンと言ってやれ!!)

 「一番不満なのは……職員食堂のメニューです!!」思わずM君の横顔をのぞき込んだ。

 「いやね、院長、あれ、やっぱだめっすよ。メタボリックシンドロームが言われるようになったのにね、こう毎日揚げ物では……」

 「だめかね?」

 「はい。あそこの油はあまり変えないで何度も使うから、酸化して不飽和脂肪酸が増えてしまうんです」。

 Mよ。おまえはそういう奴だったのか?何を科学的に「職員食堂揚げ物の問題点」を院長に訴えてるんだ。他にもっと言うべきことがあるだろう?

 「真田先生は?」院長がじっとこちらをご覧になる。

 「えっと、えと、山菜うどんなのに山菜が少ないこととか……」ああ。情けなさ過ぎるぞ、私。

 院長はぐっと前に乗り出してきた。

 「まぁまぁ職員食堂は置いておいて。君たちの意見が聞きたい。実際どう思う?」私とM君は顔を見合わせた。

 「何が一番問題なんだ?正直な意見が聞きたい」。院長の目が鋭く光る。やる時はやると噂の院長だ。

 「社会的な問題が大きいかもしれません。病院のかかり方、というか、患者の要求の度が過ぎます。昼間に受診してくれればよいのに、コンビニのように救急外来を受診します。夜間救急外来は本来の役目が果たせず、僕らは一睡もできません」。M君は意を決して言った。

 「雑務が多すぎます。実働実質人員が減っているのですから、当直も昼間の外来も混雑しているんです」。

 医師は最近本当に疲弊している。現状況に失望して退職者が増えるが、大学医局から次の人員補給はない。残った者の当直回数が増え、そのうえ一睡もできず、やりがいとはほど遠い内容で患者との言い合いが続く。患者は「的外れなサービス」を要求し、100%の確実を求め、お気に召さなければ、最悪、訴訟にまで至る。書類雑務が増える。現状に失望し……の悪いサイクルだ。

 私とM君はひとしきり「患者への不満」と「病院の管理体制の不満」を院長に訴えた。院長はいちいち大きくうなずき、興に乗った私たちはどんどん改革案をしゃべった。

 2人の話を真剣な顔つきで聞いていた院長は「分かった!君たちの言うように変革しよう!1週間で結論を出す」と力強く約束した。さすが院長!腹を割って話せば通じるんだ!

 院長の後ろ姿を見送り、私とM君はなんだかやる気が起きてきた。燃えつきるなんてまだまだ!

 1週間後、職員食堂。

 私とM君はお互いのトレーを見て力なく笑う。きれいな狐色に揚がったフライ定食と山菜山盛りのうどん。それ以外は何も変わっていない病院勤務。

筆者プロフィール

真田 歩(さなだ・あゆむ)
 医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
 心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。

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