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医局の窓の向こう側   


急病人です!! 1

2007年08月25日

 夏である。夏休みである。今年は5日間の連休にできた。去年は夏休み返上で、結局1日もお休みを取れなかったから、今年は許していただいた。働く仲間だ、ありがたいなぁ。

イラスト

イラスト:木村りょうこ

 とはいえ、実際にお休みの日程が決定したのは、かなり遅くなってからだった。皆に仕事を押しつけるのも気が引けて、ついつい「もうお休み返上にして仕事しようかな」なんて気になる。その一方で、無理して外来代診を承諾してくれた先生(次はお返しに外来代診してあげなくちゃいけない)の気持ちを考えると、やっぱりちゃんとお休みしなくては、という気になる。そんなこんなでむりやり作った連休だ。リフレッシュのために遠方へ行こうと旅行会社の入り口をくぐった。

 ところが、窓口のお姉さんには「夏休みのご予定ですか、今年の?」と聞き返される。当たり前だ。「来週から行きたいんです!」かなり強気の私に、お姉さんはコンピューターをバンバンはじきながら、「難しいですねぇ」と眉間にしわを寄せた。明らかに今頃何言ってんのよモード。そこを何とか! 結局、格安パック旅行にはできず、無理やり正規料金で航空チケットを手に入れて、後は現地でお宿を探すことにした。なんとかなるさ。

 かくして、私は機上の人に。現金なもので、出かけてしまえば仕事のことは全部忘れてとてもいい気分。機内食でお腹一杯、ワインもたくさん飲んで、最新映画をオンデマンドで見始めた。いいねぇ、こういうの。日常を離れて旅人になる。

 ポンポンポン! 映画も佳境に入る頃、案内音がしてヘッドホン越しにキャビンアテンダントの声がした。「ただ今機内で急病人が出ました。お客様の中でお医者様がいらっしゃいましたらお近くのキャビンアテンダントまで……」

 げ。ここは手を挙げるべきか。でも、こんな何もないところで仕事したくないし、第一私さっきのワインで酔ってるし。え〜っと、確か酔ってる時はこういう招集に応じてはいけなかったんじゃなかったっけ? でも、本当に誰も医者がいなかったら多少酔ってたってお役に立てるのでは……。でも、このご時世、下手に親切心出して逆に訴えられるってこともあるし。だいたい、急病人って何なんだよ。どの程度重症度なんだよ? もしかして心筋梗塞とか? ひょっとして産気づいちゃったとか? げ。お産なんてやったことないよ。ああ、寝てれば良かったな。誰か手を上げてくれないかな? 私じゃないもっと腕のいい医者が搭乗してて、ちゃんと手を上げられてたら、お手伝いくらいならしてもいいな。いや、やっぱりかかわりたくないな。私だってお休み中なんだし、下手に関わって面倒なことになるのも、なんだし……。でもなぁ、ほんと、私程度で何とかなることだってあるかもしれないし……。困ってらっしゃるんだろうし。もうどうどう巡り。

 心の中で、「誰が別のお医者さんがいて、その人が手を上げてくれないかなぁ」とお祈りしている。目前のモニターを見つめているものの、もう、映画なんか見ちゃいない。ヘッドホンをはずした片方の耳に全神経が集中している。再び前方からキャビンアテンダントが小走りに来た。

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんでしょうか」

 アテンダントの声が響くと、少しだけざわついていた客席が水を打ったようにシンとなった。飛行機の中で発生した急病人。医者を捜すキャビンアテンダントの悲痛な声。わぁ! テレビドラマみたいなシーンだ。みな息を潜めて事の成り行きを見守っている。げげげげげげ! いないんだ! 誰も招集に応じていない。っていうか、本当に医者がいないのかも。酔ってるからって、見殺し(すぐに死ぬような病気って決めつけてる)にするわけにいかんだろう? どうする?! 真田!!

筆者プロフィール

真田 歩(さなだ・あゆむ)
 医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
 心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。

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