現在位置:asahi.com>健康>医療・病気> 記事

一時は死の淵 HIV感染ケニア女性、悩み聞き世界回る

2008年03月22日

 西アフリカ・ガボンで、20、21の両日に開かれたアフリカ開発会議(TICAD)閣僚級準備会合に合わせて日本とアフリカ諸国の市民団体が開いた集会には、ケニア・エイズNGO連合のルーシー・チェシーレさん(35)も参加した。アフリカでは女性初のHIV感染者をカウンセリングする専門家で自らもエイズと結核を患って死のふちをさまよった。

 「貧しい人たちが真に恐れるのは国境を越えて広がる結核やエイズ。日本はまずそこに目をむけるべきだ」

 今回のTICADで、日本政府が経済成長を促す支援や気候変動対策を前面に打ち出す半面、感染症対策の比重が軽くなっているとチェシーレさんの目には映る。

 「ただ死を待つのはいやだった。状況を変える人間になりたかった」

 HIV感染がわかったのは22歳のとき。交際していた男性から感染者である事実を隠していたと告げられた。死の恐怖と男性の「裏切り」にうちひしがれていたとき、治療先で同じような境遇の女性たちと出会い、自身の体験を語ることで生きる希望を見いだした。

 92年、自らのHIV感染を公表。感染者の相談や悩みを聞く女性初の専門家となり、97年から各地を飛び回る。

 交通網が貧弱な地方では、設備の整った都市の病院にたどりつけず亡くなるケースが少なくないという。

 エイズに結核が追い打ちをかける。アフリカでは結核患者の5割超がエイズとの重複感染者で、エイズ患者の死因1位は結核といわれる。00年、チェシーレさん自身も結核を発症。3回の手術と7カ月に及ぶ入院生活で体重は20キロ以上減った。「手は尽くした」と医師から半ば死の宣告を受けたが、自宅で投薬療法を続け、約1年後に奇跡的に回復した。ビクトリア湖近くの村で、母親と兄弟7人、自分にHIVを感染させた男性と暮らす。

 「だれかを憎んでいたら人は救えないから」

このページのトップに戻る