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体育活動中に子どもが心停止で倒れた際の対応策をまとめた教諭向けのテキストができた。愛称は「ASUKA(あすか)モデル」。さいたま市の小学校で駅伝練習中に死亡した桐田明日香(あすか)さん(当時11)の名前だ。「一人でも多くの人が助かるように」と願う両親の協力で同市教委が作成、全国への普及を目指す。
6年生だった明日香さんは昨年9月29日、駅伝の練習で千メートルを走り終えた直後に倒れた。駆けつけた教諭らは脈も呼吸もあると判断。備え付けの自動体外式除細動器(AED)も使わなかった。約10分後に救急隊が確認すると心肺停止状態で、翌日に亡くなった。
市教委は、自治医科大の河野龍太郎教授(医療安全学)の指導で、事故に対応した教諭らの当時の行動を時系列で再現、分析した。(1)「死戦期(しせんき)呼吸」というしゃくり上げるような動作の知識がなかった(2)普段通りの呼吸の有無が判断できなかった(3)倒れた人を継続して観察する人がいなかった――など複数の問題点が浮かんだ。
テキストはこれらを踏まえ、救命救急など専門医の監修を得て作った。意識や呼吸の有無の判断に自信がなければ、すぐに胸骨圧迫を始め、AEDを使うよう促す。教諭が確認しておくべき事故時の指揮命令系統などの対応策も挙げた。
テキストは2千部作成。市内の全教諭のほか、文部科学省や各都道府県教委にも配る。分析過程をまとめた報告書もつける。
明日香さんの母寿子さん(41)は看護師。当初は学校側の対応に納得できない面もあった。それでも、娘が運ばれた病院が開示したカルテを提供するなど、夫康需(やすひと)さん(46)と作成全般に前向きに協力した。「テキストが命を救う勇気と行動につながるよう、明日香と一緒に願っています」
日本スポーツ振興センターによると、センターの災害共済に加入する国内の学校で2009〜11年度、心停止など心臓が原因で突然死した子は年に21〜25人。死因別の割合は最も高い。
体育活動時の事故対応テキスト「ASUKAモデル」。さいたま市教育委員会が11日、その全容を公表した。テキストを作る過程では、緊急事態になると慌ててしまう、といった人間の特性を踏まえた事故分析に多くの時間を割いた。
「人は心の中に作り上げた空間に基づき、それを正しいと思って行動する。しかも、見たいものだけを見て作り上げることがある」
5月中旬、さいたま市役所9階の一室で、自治医科大学の河野龍太郎教授(医療安全学)が語った。昨年9月、北区の市立小学校で6年生の桐田明日香さん(当時11)が駅伝の課外練習中に倒れ、翌日死亡した事故を分析し、再発防止策を作り上げる遺族や市教委のプロジェクトチーム(PT)会議でのことだ。
これを踏まえ、PTは事故に対応した教諭ら全員の行動を再現。行動を一つずつ付箋(ふせん)紙に書き、模造紙に時系列で並べた。医療事故の原因分析法だ。
「脈をとった」「回復体位にした」……。明日香さんに付き添った教諭の行動や当時の状況が模造紙に浮かび上がる。誰もが明日香さんを案じて行動した。
なのに心停止を疑う動きはほとんどない。逆に「脈を感じた」「呼吸をしているように見えた」など、無事だと思える兆候にとらわれていた様子が浮かぶ。
知識も不足していた。「通常」の呼吸の有無は胸や腹の動きで判断する必要があるのに、それをしていない。脈は、医療関係者でも誤認が多いとされ、心肺蘇生ではそもそも確認を求められていなかった。
明日香さんは救急隊が心肺蘇生を始める約10分前に、心停止になったとみられる。心臓が細かく震え、血液を送り出せぬ心室細動であれば、早期に自動体外式除細動器(AED)を装着すれば回復する可能性があった。が、現場はAEDは使わなくても大丈夫という空気に染まっていった。
PTはこうした経過を、救命救急の受講歴なども踏まえて分析。教諭、指導時の態勢、119番通報での情報提供のそれぞれに、事故につながる要因があった、との結論に至った。
テキストはこれらの反省を踏まえ、意識や呼吸の判断に迷ったら、すぐに胸骨圧迫を始めるように促す行動チャートもある。市教委は心停止になる事故の防止と事故対応をまとめたテキストを、市立の全学校や都道県教委などに配り、ホームページでも公開する予定だ。桐淵博教育長は「テキストが日本中の子どもたちの元気な笑顔につながるよう祈ります」と話した。
作成にかかわった京大健康科学センターの石見拓講師(蘇生科学)は、「事故は、AEDがあるだけでは救命できない、という課題の縮図。いかに現場で心停止を疑い、行動に移るかという教訓を、今後に生かすべきだ」と話している。
