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2012年9月19日

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帰ってきた真田歩の医者の養生、不養生

医者が入院、病気になったら(5)=終わり

筆者 真田 歩

イラスト:  

 Y先生が手術の術式について、それぞれインフォームド・コンセントとしてご説明くださった。何が利点で何が欠点なのか。今現在どのように評価されているのか。きちんとお勉強されて常に治療法についてアップデートしている感じだったし、術式の説明としては完璧だったと思う。それでも私には少々不満だった。

 読者の皆さんには私が何に不満を持っているのかこれだけではわかりにくいと思う。では、こう説明したらおわかりいただけるだろうか。

 フランス料理を食べに行ったとする。おいしい料理に合うようにソムリエにワインを注文した。

 Aのソムリエはこんな風。

 「こちらはどこそこ産の何年物で、干し草のにおいとリンゴに似た香りがあります。空気と触れると味が変わりますのでデキャンタをお薦めします」

 「こちらはどこそこ産の何年もので、○○シャトーの作り手によるものです。この○○シャトーは谷の南面に面して大変水はけのよい土地にブドウ畑を持っており…」

 ワインに対する知識は申し分なく、説明もよくわかったとする(ワインの説明はいつもよくわからないけど)。で、Aソムリエは言う。

 「ご存じだと思いますが、お肉には芳醇(ほうじゅん)な赤ワインが、お魚にはさっぱりした白ワインが合います。どれになさいますか?お客様のお好みでどうぞ」

 ある意味ソムリエとしては完璧でしょう。

 では、Bのソムリエ。

 「今日のお肉は子羊のローストです。香草を使ってさっぱりと仕上げてあります。ですからこのお料理にはこちらのどっしりした赤を選ばれますと、お肉との相性がよいと思います」

 「お魚はソースが少し濃いめに仕上げてあります。お肉にどっしりした赤をお選びになるのですし、こちらの軽い白でさっぱりとされてはいかがでしょうか?」

 Bのソムリエはワインについてはどれがどうだのこうだのとは教えてくれない。Bソムリエのお薦めを一発決め打ちしてくる。こう言われたら「じゃ、それで」と言うしかしょうがない。選択権がないと言えばその通りだけれども、「この人に任せる」と腹をくくれば、今自分の抱えている料理にぴったりなものを進めてもらうのだからありがたくはないだろうか?

 私は、今回の手術についてはBソムリエのような説明がほしかったのよね。それぞれの術式の利点や欠点をあげて細かく説明してもらうより(ワインの知識を説明してもらうより)、今の私自身を評価して(本日のお料理を評価して)、「あんたにぴったりなのはコレ!!」って言ってほしかった。

 専門家に任せる、というのはそういうものだと思って来たから。

 自分が日常診療していてもいつも思う事がある。ネットや何やらで中途半端な知識を備えてきて、こちらの説明に異議を唱えたり、「これこれこの治療をやってくれ」と治療法に注文をつけてきたりする患者さんがいるのだけれども、それがいつも正しいわけではない。もちろんお勉強していただくことは良いことなのだけれども、正しい知識ばかりとは限らず、とんちんかんな治療を希望される事もある。治療法選択の基準も、患者さんは治療へのリスクを重くとらえがちで、ベネフィットについては軽んじる。我々医者が診ているのは目の前にいる「あなた」なのだ。性別も年齢も既往歴も、今の病気についても、目の前の「あなた」にとって今がどうなのかということを勘案して治療法を決めている。リスクとベネフィットを勘案して、ベネフィットが多ければ選択する。リスクなしの治療なんて存在しない。

 そんな中で時々、患者さんと言い合いになることがある。こちらに任せてほしいことまで事細かに口だしして本末転倒になるような事も。一生懸命説明しても、理解してもらえるばかりとは限らない。

 けれども、今は「患者の権利」として「患者による治療法の選択」が声高にうたわれている。医者はすべての治療法について中立的な立場で説明しなくてはならない。Y先生も今回それを私に行われた。わかっている。そういうものだということは、私も嫌と言うほどわかっている。でも、「選んでください」と言われて、正直私は突き放されたような気分になった。

 「先生はどれをお薦めですか?」

 おそるおそる聞いてみた。

 「いや、あなたのご納得いくのが一番ですから」

 Y先生は顔色一つ変えずにシレッと答えた。彼自身が本当はどれを薦めているのか顔色からはわからない。さすがだ。鍛え抜かれている。

 どの治療法にするのか、素人の私にまた差し戻されてしまった。

     ◇

 「医者の養生不養生」は、都合により今回で終了させていただきます。ご愛読ありがとうございました。

筆者プロフィール

真田歩(さなだ・あゆむ)

 医学博士。医療崩壊の波が押し寄せる市中病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。大学医局から呼び戻しの声があったものの、現場に留まる事を選んだがために青息吐息の不養生。愉快な仲間と必死に戦う現場での愚痴はおしゃべりすることで息抜きとする養生。医療現場の日常をちょっと変わった角度からお伝えします。

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