(回答者:医療法人社団済安堂井上眼科病院理事長 井上治郎)
眼球には6個の筋肉がついていて、その伸び縮みで動くようになっています。通常は左右の眼球の筋肉が同時にはたらくので、眼球は一緒にスムーズに動くわけです。この運動がなんらかの原因で障害されて、片方はよく動くものの、もう片方が十分に動かないと複視がでます。自分で右眼を手で左側に押して動かないようにして、右を見ようとすると複視がでることで、おわかりになると思います。この6個の筋肉は、それぞれの神経の命令で動くわけです。眼の運動が障害された状態を眼筋麻痺といいます。この眼筋麻痺は、神経の源である脳の異常(脳腫瘍、脳梗塞など)や、脳から筋肉まで走っている神経の異常、さらに筋肉そのものの異常でおこります。
一つひとつの筋肉のはたらきはわかっているので、眼球の運動などから、どこの筋肉の異常かは診断できます。診断できたら、次に眼筋麻痺の原因の精査をします。まず、脳の検査としてCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)などをして、原因が脳にあるとわかれば、その治療を行います。脳に原因がなければ神経か筋肉の異常ですが、筋無力症ではないか、神経、筋肉の炎症か、運動をさまたげている腫瘍がないかを調べます。しかし原因がはっきりしないことが多くあります。
相談者の場合は、近くは一つに見えるが、遠くのみが二つに見え、脳は異常ないとのこと、また高齢ではありますが、全身的には重症な疾病はないということで、もっとも考えられるのは開散麻痺という病気です。ただ一つ、視線の方向で複視が変化するかがわかりませんが、記載のないところをみると、あまり視線の方向での差異はないと判断します。両眼で近くを見ることを輻輳といいますが、輻輳の反対で両眼で遠くを見ることを開散といいます。わかりやすくいえば、近くを見るために両眼を内側に動かすことはできますが、その状態から両眼を外側に開いていく運動が障害されて、不完全になっている状態が開散麻痺です。
この開散麻痺の特徴としては、突然遠くを見たときに複視がでて、左を見ても右を見ても、その程度は不変で、近くを見ると複視は減少して、最後には消失する。さらに左右の眼球運動は正常であるということです。開散麻痺の原因は、脳の開散を制御している部分の障害で、その部分の病気で出現するといわれていますが、多くの場合は不明です。むちうち外傷後にも、しばしば見られます。経過を見ていると、数か月で自然に回復してくることもあれば、回復傾向がでないこともあります。
治療としては、数か月間は薬物療法で経過を見ますが、回復しない場合は、眼鏡にプリズムを入れて複視を矯正して経過を見ます。現在、膜プリズムという、眼鏡にはりつけて使用するものがあるので、見ためをとくに気にしなければ、それを使用します。プリズムでも無効ならば手術をして、眼の位置を矯正することもできます。
相談者の場合は、まだ発病して日が浅いので、経過を見て、改善傾向が見られないようであれば、プリズムの装用も一つの方法です。眼科主治医と、よくご相談ください。
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