english

ここから本文エリア

  • 閲覧上のご注意

広島の声

この声の英語ページへ

川崎優さん 直接被爆・距離1.5km(西観音)
被爆時21歳 / 神奈川県茅ヶ崎市5638

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。   1.被爆体験の中で今でも忘れられないこと
  被爆直後家屋の下敷となり一瞬気を失っていたが、我にかえり材木の残骸から這い上がり、 出血多量で倒れているところを近くにいた男の人が私を担いで川べりに避難させてくれました。

 そのおかげで全市を覆った猛火から逃れることができ、また怪我をしなかった一緒にいた叔母 が廃材で雨よけを造ってくれたので、あの恐ろしい黒い大粒の放射能を含んだ雨を避けること が出来ました。夕刻頃に台八車に乗せられて避難場所の大竹小学校に収容されましたが、私は 校庭に寝かされて九州から駆けつけた軍医が高熱で喘いでいる私の左耳下の傷口を炎天下の野 外で麻酔なしで消毒し縫合してくれました。しかしその苦しさ、真っ赤に焼けた火箸で傷口を えぐるようなその痛さで絶叫した苦痛は言葉や文章では到底表現できません。

 このような苦痛を我慢したにもかかわらず、3日目に傷口は放射能の影響で白血球が壊された ためにひどく化膿し傷口の縫合は全部とりはずしてしまいました。その後避難所でうめきな がら寝ているところに、米軍の飛行機が上空から機銃掃射してきたので看護婦達は一斉に逃げ 惑いました。しかし動いて逃げられない重傷の傷病者である私の苦悩はこれまた言葉や文章で は到底表現できません。
  このように今も忘れられない原爆被害の恐ろしさは多多ありますがまたの機会に詳しく申し述 べさせて頂きましょう。
 ご参考までに申し上げますが左耳下の原爆ケロイドは平成17年11月に形成外科摘出手術 で綺麗に取り除き、六十年目にやっと醜い悪魔の爪あとが無くなりました。

  2.原爆で亡くなられた方々への思い
  “祈りの曲第1哀悼歌”
  “Prayer music No.1 Dirge”
  私は広島に於ける原爆被爆者ですが、原爆被爆はあまりにも悲惨な人類の上に降りかかった一 大惨事でありそれは決してあってはならぬ事であり、私はそれを主題に取り上げることを固く 拒否していました。しかし被爆後の永い年月の間にさまざまな心理的な葛藤を繰り返すうちに 被爆者としての使命感に鞭打たれ、“祈りの曲第1哀悼歌”を作曲し1975年に広島市に献 呈しました。
 そしてこの曲は同年の被爆30周年「広島平和祈念式典」で初演され、その後毎年8月6日の 「広島平和祈念式典」で演奏されることになりました。私は日本を愛し、ふるさとの広島を愛 し、そして私自身をこの上なく大切なものと思います。そしてこれらのものの上に重々しく覆 いかぶさってきたものが原爆という避け難い現実でありました。

  それはどのように永い年月が過ぎようともこの人類始まって以来のあまりにも悲惨なそして強 烈な体験を忘れさせてくれる事は決してなく、今もそして将来も私の心に生々しい傷痕とまた生 命に対する不安を残していくでしょう。そして年月が経てばたつほど私は被爆者でありながら この世に生き永らえさせて頂いていると云う事にどんなにか深く感謝しています。
 しかしそれに引き替え運命というにはあまりにもきわどい紙一重の差によって原爆の犠牲者となられた方々の御霊に何とお慰めしたら良いか申し上げる言葉もありません。私はただただお 祈りさせて頂きたいと云う気持でいっぱいです。そしてこのような気持から私は“祈りの曲第 1哀悼歌”を作曲しました。この曲は毎年8月6日の「広島平和祈念式典」のなかで吹奏楽に よって演奏されますが被爆50周年を迎えようとしている1995年に、管弦楽作品として 原爆投下国アメリカのColorado Collegeから出版されて感無量のものがありま す。
 私は地球上からの核廃絶を叫び世界の平和を心から願いますが、この“祈りの曲第1哀悼歌” は私の叫び声であり世界平和の永遠の願いです。

  3. 次世代へ訴えたいことや知らせたいことなど 有史以来あまたの戦争で人類は殺戮を重ねてきたが、今後の世界平和は保てるのであろうか? 現在の平和日本で多くの人々が衣食住になに不自由なく日々の生活をエンジョイしていてこれ は素晴らしいことである。
 しかし我が地球上では随所で「争いの燻り」が散見されていることを自覚し、視野を内外に広 げ世界の平和を保つことに英知を絞ってください。
 どんな事があっても戦争は避けなければなりません。特に近代戦ではその破壊力や殺傷の被害は 言語では言い尽くせられないほどのひどいものになるでしょう。
 今や第二次世界大戦を肌で感じている人々が少なくなっていますが、それは大変幸せなことで す。しかし、相手をやっつけなければこちらが殺されるという戦争は映画やドラマとちがいそ れは大変悲惨なそして言語道断なことです。もう一度申し上げますが、個人、社会、そして国 家の指導者達の英知で戦争は絶対避けるように努力してください。

 被爆地 広島市西観音町1丁目
爆心地から1.5km
(2010年修正)