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広島の声

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山家好子さん 直接被爆・距離1.5km(西観音)
被爆時11歳 / 兵庫県尼崎市5553

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  学校に通学途中原爆投下にあい駅から我が家に帰る途中、鉄橋渡らなければなりません。 当時小さかった10才の私は枕木と枕木の間が広く、はって渡りましたが、枕木が閃光で もえている中、死に物ぐるいで渡り川に多くさんの人がプカプカ浮かび本当に今でも良 く思い出します。

 母を亡くし父と姉とで何度も田舎のおばあさんの家から広島の住んでい た焼けあとを訪れ、やっと母の金歯と、一握りの骨を見つけた時は、2度と母と会えない と思った時、姉と二人で抱き合って長い事泣いていた事が最近の様に思われます。家族の大 切な大切な母を失い、一年間は泣き暮らしました。何の罪もない国民がなんでこんな目に 会わなければならないのでしょうか。戦争とは破壊と憎しみ以外、何もありません。世の 中平和に心なごやかに暮らしたいものです。

 戦争を知らない世代が今では80%とも9 0%とかいわれています。過去に残酷な戦争があり、夢ある人生を失われた若い人、子供、 皆んな、お母さんお母さんと呼び乍ら死んでいった人々。平和の陰には、多くさんの犠牲 者が出たと云う事で、二度と戦争をしてはいけない事等を話しています。学校等で皆んな静 かに熱心に話を聞いてくれ、感想文等を書いてくれます。平和の尊さを語ります。(尼崎原 爆被害者の会では、紙芝居等も作っています。)
(2005年)

 原爆が投下され60数年。
 いまだ世界では戦争の絶える事もなく、残酷な殺し合いが起きています。
 考えると暗い気持になります。
 人は何故殺し合をするのでしょうか。もっと平和に手を取り合って生きていけないのでしょ うか。地球上に人間が生きてる限り永遠の課題でしょうね。
(2010年追記)