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広島の声

男性 直接被爆・距離1.2km(千田)
被爆時15歳 6025

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  私は広島県工の4年生の時、学校の職員室の中で被爆を受ける。同級生は呉市広の海軍の 工場に動員されて、私は体の不調から広島県久村の家から学校へ通学していました。
 被爆時にいた校舎は1階が全部職員室、2階が全生徒を収容できる木造の大講堂で、その1階 の職員室内に同級生と三人いました。窓ガラスから強い光と共に、その校舎がたおれ、下敷となりました。幸いに机の間にふせ、真暗になった中で三人が一緒になり、何がなんだか解らない中で、前方に明かりが見えたので、三人は這出す事が出来ました。

 その結果、光線を直接受ける事もなくすんだのは幸いでした。私共3名は、顔、身体に ガラスの破片を受けていました。翌日、翌々日と、私の弟、当時中学1年生(死亡)を探 しに、爆心地附近を歩き、又、広島市内在住の親類の家族を探して歩きました。
 天気は晴天で黒い雨にあたる事はありませんでした。
 地球上で、原爆の一切の廃止と戦争の廃絶を望みます。
(2005年)