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広島の声

女性 直接被爆・距離2km(松原)
被爆時16歳 3373

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  私は広島駅5番ホームで本線上りの汽車を待っていて被爆しました。鉄道関係で教習所に 入っていて病人が出来、親が赤ちゃんを背負って迎えに来ておられ、私と他1名と本郷迄 送って行く所でした。
 東連兵を通り、尾長に抜け、府中、向洋と他の人と歩いて帰りました。海田まで歩き、貨 物列車で瀬野迄で帰り、母が迎えに来てくれていました。私は顔や、手のほうをやけど しました。途中で油をぬってくれたりしました。家についたときは顔がはれて、目が見え なくなりました。2〜3日して先生や友達が来て下さいましたが、目は見えませんでした。 本郷の友達が亡くなったのでお葬式に行かれたそうです。
 私はお陰で同級生のおばあさんがやけどの薬を作ってくれ段々と良くなりました。講習所も あり(牛田)、同じ駅の友達が講習所に入って3日目で亡くなりました。ほんとに気の毒でした。 命をすてに来たようなものです。書きたい事はたくさんありますが以上です。
(2005年)

 平成10年に直腸がんになり、身体障害者になりました。腸閉塞にもなり、色々病気が出て 病院通いです。でも現在迄で生きてこられた事は幸せと思います。
(2010年追記)