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広島の声

女性 直接被爆・距離2km(白島東中町)
被爆時4歳 9192

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  1.当時4才でしたが、焦土と化した焼け野原を母に手を引かれて逃げた事。川も陸も死 人の中を……。電柱はひざ位の高さになって燃えていました。着ていた洋服の紺色の水 玉の所が、皆光線で穴があきました。一緒に朝食を取っていた祖父母の上に、2階の柱が くずれ落ち即死したのですが、母が外の井戸の所までひきずり出して運んだ時の事も忘れられ ません。
 2.一瞬にして尊い命を亡くされた多くの人達の事を考えると胸が痛みますが、戦後半世 紀もたった今も世界中の何処かで戦争は起り、終りがありません。そして今だ病魔と戦っ ているたくさんの人達がいる事を決して忘れてはいけません。亡くなった人達のためにも 原爆の恐ろしさとその実相を、生き残った人達はしっかり語り訴えつづけていかなければい けないと思います。
 3.戦争を知らない若者達が多くなった中で、今日の平和と繁栄があるのは、60年前の 多くの犠牲の上にあると云う事を若者に再認識してもらう様、働きかけていかなければい けないと思います。
(2005年)