english

ここから本文エリア

  • 閲覧上のご注意

広島の声

女性 直接被爆・距離1.5km(南観音)
被爆時20歳 290

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  その日食糧難でカッケになって病院に行く日でしたが工場(広島印刷)で急がしいのに出 かけるのを考えておりました。もし出かけておれば私は死んでいたと思います。爆だんが 落ち工場は倒れ外に出られなくなり泣いていました。

 男性の方が瓦を外して助けてくれました。直後黒い雨が降って石油をまいたんだから燃え るとみんなさわぎました。途中被爆した男性(年令は15、6位でしょうか)真赤な顔をし て服のボタンだけぶらさがった状態で来社しました。その時は市内は火の海でした。まど ぎわで仕事をしていたおじさんは体にたくさんのガラスを浴びていました。私に腹巻に財 布があるからお金は全部あげるから自分の家族の安否をたしかめてくださいと言われまし た。おじさんはうごけないので市内の様子が分からないので 頼んだのだと思いました。火がせまってきて被爆して来社した子がお姉さん連れて逃げて とすがりつき外の女性2人と一緒にどこの川端か分かりませんが海へ向かって逃げつづけ ました。やさしかった兄もおばちゃんも死んでやりきれない思いです。当分はよそへ(例 えば大阪)へ行って白い目でみられ差別された事もあり被爆者である事はあまり知ってほ しくないので話はしないでいました。年令80才ねたきりの生活です。
(2005年)