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広島の声

細川孝三さん 直接被爆・距離1.5km(白島)
被爆時24歳 / 兵庫県南あわじ市7673

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  1.軍人であった戦友(初年兵からの)を亡ったものだから。
 2.戦後その戦友の両親に信じてもらえるように伝えると共に仏壇を拝礼し冥福を祈っ た。(実家を訪ねて)
 3.年数経過する程忘れられようとしている。戦後教え子にも講話したが無関心になっていると思う。米軍撮影の直後の大写真も図書館に展示して貰ったが、修学旅行で訪広の前に見たら しい。天井の高い所にあった。

 4.軍人だったので死は当然と考えていたから体験発表も要請が無いと語りたくなかっ た。被団協も援護法成立後は有名無実になった。
 5.結婚も家内の親戚から出産できないのではないかといぶかられた。東洋医学療養は健康管理手当てが適用されぬと県医務課。
 6.被爆体験談を家族が嫌がったことがある。孫の生育に支障があると思って。
 7.町校長会で発表したいと教育長に頼んだが返事が無かったので軍国化の傾向が感じ られた。
 8.50才でも未婚の方があり気の毒と思う。
(2005年)

 「孝三」(父)は平成20年9月16日死亡しました。87才でした。死因は骨ずい異形成症?だったように思います。いくらか原爆の影響があったかもしれませんが、長寿だったと思います。
(2010年長男記す)