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広島の声

男性 直接被爆・距離2km(舟入町)
被爆時15歳 11321

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  1.イ 学徒動員先の舟入の工場で洗礼を受け、担当教師と一緒に4間程飛ばされ、家屋 が爆風で潰れ、下敷となったが、女生徒の泣声で気付きはい出したこと。
 ロ 女生徒の市立女学校、医務室からワセリンを出しお互に塗り合い、皆で江波の 陸軍病院へ行く。

 ハ 被爆先の舟入から自宅の白島へ真直ぐ帰宅出来ず、己斐、横川の山手を通り、 白島へ着いたが、焼け野原だった。
 ニ 途中山手の家で、井戸の水を貰い、火傷には悪いと思いながらも飲みながら帰 宅。家に着いた時には水ぶくれが垂れていた。母が、裁縫針を焼き穴を開け、 水を出して呉れる。

 2.中学1年だった弟は、市内中心部で建物疎開の後片付け作業を行っていたが、帰らぬ人と なった。母、姉が足を引きずりながら探しまわったが、遺体は見つからないままだ。

 3.自らの被爆体験を家族にすら語らずに過してきたことを今になって反省している。若い 世代へ戦争の悲惨さを伝え、恒久平和への願いの一助として行き度い、只体力がどこまで 許して呉れるか?
(2005年)