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広島の声

女性 直接被爆・距離1.5km
被爆時27歳 12316

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  原爆の火災がおさまって後に見た状況は、今考えても理解できないような事ばかりでした。
 戦後、主人の不動産(土地)は証拠になる謄本、印鑑等、焼失した為証拠が無いとの理由 で没収された。国債の購入、親からの嫁入り財産の指輪、ネックレス、帯止めの金の没収、勤労奉仕、軍事訓練等の強制。
 当時の教えを思い出しました。“お国の為命を捧げるのは人間として最高の名誉”。

 原爆の時、世帯を持っていて2K以内で直接被爆した人々への再調査を国がすべきだと思います。(男性は恐らく90才以上、女性は謄本調査で判明できると思います。85才以上でしょうか?)
 被爆者手帳が出たのが昭和32年、手当が出るようになったのは昭和63年からです。北朝鮮から帰ったジェンキンスさん一家に対する政府の対応については只々強いいきどおりを感じます。
 私は現在88才ですが残された者の使命を感じております。体も不自由ですが、お役に立つ事がございましたら、喜んで協力させて頂きます。
(2005年)

 本人が昨年他界しましたので、代筆致しました。
 本人は3年前に原爆症の認定申請をしていましたが、その結果が届いたのは、亡くなった後の今年2月でした。
 生前も国のこのような対応の遅さに不満を持っていました。国は高令被爆者が亡くなって補償をしなくて良くなるのを待っているようだとも言っていました。
(2010年長男記す)