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広島の声

山田木久雄さん 直接被爆・距離2km(比治山)
被爆時21歳 / 岐阜県土岐市13376

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  私は隊長の訓示の時に原爆を受けましたが、其の物凄さにびっくりしました。
 軍隊に入隊する前には横須賀海軍工廠造兵部に居ましたが期日ははっきりしませんが、たし か昭和19年でした。造兵部内に有りました機雷倉庫、倉庫より艦船にトロッコで積み込 みする場所です。其の倉庫が爆発して山が半分無く成りました。数百米の民家の窓ガラス は破れてしまいましたが、爆風で窓は家の内に入ると思いましたが、全部外へ飛び出して居ま した。爆風で中心が真空に成った為、爆発の瞬間は地響きがドドドと来てドカンと成り、 爆煙空高く上りました。これは新聞に発表される事は有りませんでした。

>  原爆の威力は問題にならない位い上でした。
 当時原爆は高性能曳光性爆弾でしたが、これは無差別殺人兵器です。理屈は色々有ると思いますが、人類破壊兵器で断じて許すことは出来ません。原爆は兵器では有りません。無差別殺人道具の見本です。
(2005年)