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広島の声

男性 直接被爆・距離7km(沼田)
被爆時4歳 1803

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  昭和16年生まれで、被爆の時は4才であったが、7劼涼賄世任△訃妥陳伴大塚でも 爆風、ゆれを鮮明に憶えている。またしばらくして真黒い雨と布切れ、紙切れが降って来 た。その後の広島市のデータから、黒い雨は沼田町伴大塚地区を通り、降って行ったよう である。小川のうなぎや魚が死んで浮いていたのも憶えている。自分が雨に濡れたかは定 かではない。
 己斐小学校の先生であった父は、学童と一緒に家や道路の作業に駆り出されており、2km以内で被爆、大火傷で近所の人達の担架で数日後帰宅した。まさにおばけのような火傷 の状態であったが、ケロイドに耐えながらその後の30年間を生きてくれたことが、子供で あった我々を元気づけて、今日あるものと思っている。
 核廃絶が理想であるが、核拡散を防止し、地球上から核兵器を少しでも減らしていくこ とが現実的にすべきことと思っている。
(2005年)