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広島の声

男性 直接被爆・距離4km(宇沿)
被爆時20歳 5660

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  直爆4k8時15分営兵任務で野外、一瞬にして頭の上が火の海の感じ真赤な稲光。死を感じた。原爆破裂の轟音。竜巻風の熱い圧力のある風。爆風の圧力で地上小石が舞上がる砂煙。夢中で防空壕に、助かったとやられなかったと神仏感謝した。(2k以内)とか云うが4kでも死の恐怖あり。救援活動の大変さ。生か死の被爆者のむれ。亡骸の火葬―水葬。今も胸いたし。
 ボランティアの人の数が少なかった。私は東京の人間。何かいざとなると身内の人への行動感じた。やむをえないかな。
 9月家に帰宅したら母からお前身に異臭がすると云はれた。無我夢中でお水や コーリャン飯のおにぎりくばりお助けした。救命に絶体絶命の数日だった。若さの限りやったと思うが、身内の別れなく、供養もなく、お線香の1本も差し上げられず、幼子の3才4才のお子様のお地蔵様の ようなきれいななきがら。
  核兵器は兵器ではない。人類は滅亡する。大きな声で叫びたい。お助 けした人は元気かしらとも。広島の市もきれいな街になり嬉しいです。悪夢は脳裏か ら消えませんが神仏に手を合わせ唯太陽に黙祷し犠牲者(手のおよばなかった)ごめい福 いのります。広島の街には一度だけ出ただけで。(在市10ヶ月)
(2005年)