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広島の声

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小西悟さん 直接被爆・距離4.5km(江波)
被爆時16歳 / 東京都杉並区8361

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  1.8月7日の朝、広島へ出た。己斐から比治山まで、何もないがらんどうの焼けあとだ った。呆然として歩いていたとき、ふと「水をくれ!」という叫び声が耳をうった。
 そこには白くぶよぶよに煮えてふくれあがった顔があった。目も鼻も口もすっかり煮 えくずれて、まるで豆腐の塊であった。私はそのあと何を見たのか、どこをどう歩い たのかおぼえがない。8月6日の記憶もわずかな断片のほかはすっかり失われた。
 原爆は私から、人間としての思考力、判断力ばかりか感受性までもうばい去った。のちに 私は「ブラブラ病」と呼ばれた放射能障害をわずらい、健康と将来への希望をうばわれた。
 人生をうばわれたと言ってよい。原爆は人間的なものの一切をうばい、「人間をうばう」。

 2.原爆はたくさんの人をこの上ないむごたらしいやり方でなぶり殺しにした。トーフ顔 の男もその一人である。どんなに苦しかったことか、くやしかったことかと思う。
 こんなむごいことが人間の世にあってよいのか。いや、断じてあってはならない。

  3.この悲惨、この核戦争地獄を2度とくり返させてはならない。世界中の人びとに広島・ 長崎の実さいの姿を見てもらい、後の世に伝えてもらいたい。
 核兵器は悪魔の道具であり、絶滅の兵器である。人間の世界から永久に追放しなければならない。
(2010年修正)